きょう4月14日、歌手の工藤静香が52歳の誕生日を迎えた。2000年12月に当時SMAPのメンバーだった木村拓哉と結婚してからすでに21年が経つ。2人の娘もここ数年のうちにそれぞれCocomi、Kōki,の芸名でデビューし、一家そろって改めて注目を集めている。
工藤自身は結婚してからは家庭を最優先しながらも、歌手として活動を続けている。昨年には3月に中島みゆきのカバーアルバム『青い炎』、12月には中島の作詞・作曲による配信シングル「島より」をリリースした。
歌手としてソロデビューしたのは1987年、17歳でシングル「禁断のテレパシー」をリリースしたときだ。すでに中学時代には雑誌主催のコンテスト出身者で結成したセブンティーン・クラブの一員として芸能界にデビューしていた。高校に進学してからは、フジテレビの人気番組『夕やけニャンニャン』発のアイドルグループ・おニャン子クラブおよびその派生ユニットであるうしろ髪ひかれ隊に参加し、楽曲をリリースしている。
「う~ん、ママになってるかな」
しかし、歌手という自覚が芽生えたのは、ソロデビュー後、初のアルバム『ミステリアス』(1988年)のレコーディングにのぞんだときだった。収録曲のひとつ「すべてはそれから」を歌ったところ、《譜面、歌詞と自分の歌声がバシッとハマったことに感動し、自分は歌で生きていけるように頑張りたいと》思ったという(※1)。
それ以来、歌手こそ天職という意識が強くあるようだ。いまから30年前、1992年のインタビューでは、もし歌に出会ってなかったら? との質問に《う~ん、ママになってるかな。子供だっこして普通の奥さんしてるかも》と答え、《これから結婚する相手の人に、歌をやめろっていわれたり、続けちゃいけない状況になるんだったら、絶対結婚しないと思う》とも語っていた(※2)。そこには、いままで多くのスタッフやファンとつくりあげてきたものをいきなり捨ててしまうわけにはいかないという責任感もあった。
結婚と第1子の妊娠を発表したのはそれから8年後、30歳のときである。本人も結婚するまで自分が結婚するとは思いもしなかったという。《なんでも完璧にやりたがる自分の性格を考えると、結婚して子育てすることになったら、ものすごく忙しくなって大変なことになるって、わかってましたからね》というのがその理由だ(※3)。実際、結婚・出産後はしばらく仕事をセーブして、子育てや家事に力を注いでいる。