顔認証の無人コンビニに並んでいる「きんくま」
安田 激怒と言えば、山谷さんは最近、いわゆる「中国スゴイ」論に怒っていますよね。
山谷 これも主語が大きすぎると思うんですよ。もちろんスマホ決済のニューエコノミーにはスゴイ部分もあるんですが、実際に現場を見ろ、全体を見ろよと言いたくなる。例えば、顔認証機能で盗難を防止してスマホでお金を支払う「無人コンビニ」は中国スゴイ論の根拠にされることがありますが、店舗のなかを見てみましょうよ。怪しいパクリ菓子みたいなダメ商品ばかりで、トータルで見れば中国がまだまだの国であることが可視化されています。
安田 話だけ聞くと超サイバーで近未来感にあふれているのに、実際に品揃えを見ると「きんくま」が売られていたりする。あと、中国イノベーションの代表選手みたいなシェアサイクルも、現場は薄給のおっさんがオート大八車みたいなのに自転車車両を乗せて、手作業で街に再配置するガチな肉体労働で支えられている。このトホホ感も含めてリアルの中国でしょう。
結論ありきの過剰な「日本下げ」
山谷 そうですよ。実際にいくつも街を歩いて真面目に観察して、それでも本気で「中国スゴイ」と屈託なく言い切れるのかと問いたい。あと、この手の主張は過剰に「日本下げ」になるのもイヤですね。最初に結論ありきで話してるのが。
安田 前にIT系の人とごはんを食べたときに「中国はコンビニでスマホ決済なのに日本はSuicaを使っていて遅れている」という話が出て、実態を説明したことがあります。中国のスマホ決済って送金機能やワリカン機能は本当にすごくて便利なんですが、実店舗での支払手段としては意外に不便ですからね。
山谷 ですよ。スマホのロックを解除してアプリを立ち上げてQRコードを読み込んで……と。それよりもSuicaのほうが「ピッ」で済むから楽じゃないですか。少なくとも実店舗での支払手段について、スマホ決済ができる中国は日本よりも進んでいるみたいな話をする人は、スマホ決済をほとんどやったことがないはずです。中国に行かなくても、日本で同じ決済方式のLINE Payを試せばわかることですよ。
安田 「中国スゴイ」論は、スゴイ部分とそうじゃない部分をしっかり見極めて述べたいところですね。個人的に中国のスゴイ部分だと思うのは、すっごい雑なサービスでもとりあえずローンチしちゃうスピード感とクソ度胸。あと、いけそうなサービスを見たら速攻で後追い参入するところです。おかげでシェア自転車もシェア充電器も、マンボウの出産みたいな多産多死状態になっているのですが。
山谷 ですね。なにより、中国にはそういう「マンボウの出産」に平気で投資しちゃうエンジェル投資家やベンチャーキャピタルや企業がゴロゴロいるのがスゴイ。投資というか投機というか、かなりギャンブルだと思いますけど。
安田 計算の仕方はいろいろあるみたいですが、ベンチャーファイナンスは中国が7兆円くらいの規模で、日本は二千億円足らずの規模……みたいな話もありますもんね。ちなみに、深センには国外企業も含めてこの手のファンドがめちゃくちゃいっぱい集まっていて、深センだけで日本の十数倍以上の投資資金が動いているはずです。この意味ではやっぱり「深センはスゴイ」のは確かかも。
山谷 ですね。逆に言うと、特殊地域である上海や深センだけをちょこっと見て「中国とは」って語る論は、やっぱり主語がでかすぎるんですよ。1000タイトル以上あるソフトから『たけしの挑戦状』だけプレイして「ファミコンは糞ハード」と判断するぐらい軽率です。
安田 うーむ、オッサン対談にふさわしい締めだ(笑)。さておき、ありがとうございました。
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山谷剛史(やまや・たけし)/1976年東京都生まれ。中国アジアITジャーナリスト。中国雲南省昆明を拠点に、アジア各国の現地一般市民の状況を解説するIT記事や経済記事やトレンド記事を配信。「山谷剛史の「アジアIT小話」」、「山谷剛史のマンスリーチャイナネット事件簿」、「中国ビジネス四方山話」、「山谷剛史の ニーハオ!中国デジモノ」などウェブ連載多数。著書に『中国のインターネット史』(星海社新書)、『新しい中国人』(ソフトバンククリエイティブ)など。講演もおこなう。
安田峰俊(やすだ・みねとし)/1982年滋賀県生まれ。ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。中国の歴史や政治ネタからIT・経済・B級ニュースまでなんでもあつかう雑食系だが、本業はハードなノンフィクションのつもり。著書に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)、編訳書に『「暗黒」中国からの脱出』(文春新書)など。