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「もう仕事したくない。しんどいのよ」97歳の瀬戸内寂聴が「遺言」というタイトルを使って本を出した“まさかの理由”

『寂聴さんに教わったこと』より #2

2022/04/28

 2021年11月9日、作家の瀬戸内寂聴さんが亡くなった。秘書の瀬尾まなほさんは、2011年に寂庵に就職して以来、10年以上の時を寂聴さんとともに過ごしてきた。

 ここでは、二人が過ごしたかけがえのない日々を記録した『寂聴さんに教わったこと』より一部を抜粋。寂聴さんのユニークな一面が窺えるエピソードを3つ紹介する。(全2回の2回目/前編を読む

©文藝春秋

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先生のやる気を引き出す方法

 寂聴先生は8月と12月は、毎月の法話や「写経の会」を休み、執筆に専念する。来客も取材も基本的に断っているので、8月の寂庵はとても静かだ。

 スタッフは交代でお盆休みを取る。私は兵庫県豊岡市の出石の祖父母のところへ夫と一緒に帰省し、祖父母と畑で野菜を採ったり、高校時代の友人とバーベキューをしたりして夏休みを満喫した。

 先生も少しはのんびりできるはずだった。しかし、なぜか今年は8月が締め切りの仕事が多かった。既に4つの連載を抱えているのに、「週刊朝日」で横尾忠則さんとの往復書簡の連載を始めたのだ。97歳で5つの連載を抱えることに。週刊なので締め切りのペースが速い。書いたと思えばもう次の締め切りだ。その上、別の仕事まで引き受けていた。

 仕事はいくらでも残っているのに、先生は「しんどい」と言って、ベッドに寝ころんで週刊誌を読み始めた。と思っていたら、眼鏡をかけ、その週刊誌を持ったまま眠ってしまっていた。口うるさく締め切りのことを言っても、やる気の起きない先生にはなんの効果もない。いつも怒っている私にも慣れ、「勝手に言ってろ~」と余裕だ。

 97歳にもなると、やはり体力がついていかない。書きたい気持ちはあるし、今まで通りできると思っていても、最近の口癖は「しんどい」だ。

 今日も、翌日の朝刊に間に合わせなければならない新聞連載の締め切りがある。夕方までには書き上げないと印刷に回せない。

 私は朝から、先生に「ゆっくりしていられませんよ!」と声を掛け、「今日の夜ご飯は、スパゲティとピザでイタリアンパーティーにしようと約束していたでしょう? それまでにどうにかして仕上げてください」と伝えた。

提供 瀬尾まなほ

 すると、さっきまで気だるそうにしていたのに「そうだ! よし、やるぞ!」と、急に先生のやる気が芽生える。食べ物で釣っているみたいだけれど、先生にはこの方法が一番有効なのかもしれない。(2019年9月)