服部・遠山の感想戦は1時間ほど行われた。渡辺と伊藤の対局は東京の将棋会館で行われており、感想戦の間に服部に他の対局情報は入っていない。
午前0時を回る頃、棋士室に降りていくとまだ数名の棋士と観戦記者が残っていた。東京の渡辺-長谷部浩平四段戦がまだ続いているらしい。伊藤が勝ったことはこのとき知った。服部の敗局により、伊藤の昇級・昇段が決まった。
渡辺-長谷部戦は、長谷部に降級点回避がかかっており、互いに絶対に負けられない一番だった。終盤に秒読みの中、何度も形勢が入れ替わった熱戦は、最後に長谷部に失着が出る。
渡辺の勝ちを見届けると、服部は家に直帰した。今は前を向くしかない。10年後に、こういう日もあったと思えるように。
事前に地元の富山新聞から、昇級した場合は電話取材があることを告げられていた。だが負けた夜に電話が鳴ることはなかった。
電話の向こうで初めて22歳の若者の声がした
筆者が服部に最終戦の感想を聞いたのは翌日である。答えにくい質問に電話で応じてくれた。
――今日はどのように過ごしましたか?
「昨日指した将棋が、どこが悪かったのか分析していました。また水曜日に対局があるので、その対局に向けての準備というか」
――昨日の対局を振り返るのは、辛いものがあるのでは?
「でもどこが悪かったのかを分析しないと次に行けませんから」
――藤井竜王と同い年の伊藤匠五段が昇級・昇段しました。
「先を行かれてしまったので、悔しい思いはありますけど、自分が負けてしまったので仕方がないと思います」
聞かれることへの覚悟を決めていたような、潔い答えだった。
服部は遠山戦の3日前に、叡王戦本戦2回戦で豊島将之九段に勝利している。トッププロを相手に力戦を勝ちきり、内容的にも完勝だった。豊島との対戦は2度目であり、9ヶ月前にNHK杯本戦で完敗を喫していた。その対局には万全の準備で臨んだが、豊島を前にすると緊張して手が伸びなかったという。
それだけに叡王戦で勝てたことは嬉しかったに違いない。その勝利が順位戦最終局に影響したものはなかったのか? こう聞いたとき、電話の向こうで初めて22歳の若者の声がした。
「いやあ~実をいうと、ちょっと舞い上がってしまったところがあって。なんというか、力勝負になればいけるみたいな。豊島先生に勝ったので思ってしまって。序盤の準備を怠ったというのは多少あるかもしれないです」
棋士は言い訳をしない。服部は遠山戦の敗北を自分の今の実力と認めている。だが、“若さ”が勝負に対する姿勢に与えた影響は、あったかもしれない。