藤井聡太叡王への挑戦権をかけて
扉のガラスの向こうに服部慎一郎の姿が見えた。足早に通路を進みながら、何度か頭を振った。スタジオを出て、エレベーターホールへ進んでくる。待機していた3名の記者が駆け寄った。服部は声をかけられると少し驚いた表情を見せた。出身地の富山新聞と北日本新聞の記者だった。
2022年4月2日、第7期叡王戦挑戦者決定戦。藤井聡太叡王への挑戦権をかけて、決勝に残ったのは出口若武五段と服部だった。どちらが勝ってもフレッシュな組み合わせのタイトル戦になる。対局は東京の『シャトーアメーバ』で行われ、ABEMAで中継された。
服部はこの日も、普段と変わらずに指すつもりだった。実戦で鍛えた力は、手が伸びてこそ発揮される。対戦までの1週間は、特に勉強時間を増やしたわけではないが、気持ちや生活の上で引きしまるものを感じていた。
気迫と気迫がぶつかった勝負は、先手を引いた服部が少しずつリードを広げていく。終盤を迎えるまで、ほぼ完璧な将棋のはずだった。
「途中、6四銀と指した手が感触がよく、行けるかなと思った」
だが先に秒読みに入った出口は、苦しいながらも決め手を与えない。服部は持ち時間を30分残していたが、寄せの中で疑問手が出てしまう。手番を得た出口が攻めに回り、最後は指をしならせて打った5四桂が決め手になった。
終局後、対局室に入ると、負けた服部の声が響いていた。感想戦をする姿は落胆よりもエネルギッシュさを感じた。その後に勝利者の会見がなければ、いつまでも検討が尽きない様子だった。
「ホッとするのは、勝ってからだ」
出待ちをしていた記者の質問に、服部はハキハキと答えていた。挑戦が決まっていれば、富山県出身棋士では初のタイトル戦出場だった。
「残念な結果ではありましたが、こうした大きな舞台の経験をもっと増やしていきたい」
取材者が持参した富山の名産品を渡す姿に、服部への地元の期待を感じた。
新聞記者が離れた後、服部に声をかけた。惜しい敗戦が続いたが、どう捉えているのか。
「僕自身は全てが成長につながると思っています。勝ちから学べることも、負けから学べることもありますから」
今の自分に言いたい言葉は何かと聞いた。ズンと響いた顔をした後、少し間を置いて言った。
「ホッとするのは、勝ってからだ」
服部を見送った後、勝者の会見場に行った。出口は立ち姿がスッと美しい青年だった。スーツと靴が綺麗に整えられていたのが印象的だった
「自分は棋士になるのが遅かったので、こうした舞台で早く結果を出していかねばと思っていた」
最終盤に服部の手番のとき、記録係が離席するアクシデントがあったが、出口は勝ちを読み切っていたので影響はなかったという。むしろ「服部さんが気の毒だった」と気遣った。
服部は大阪行きの新幹線に乗ると、その日の将棋を少し振り返ったが、すぐに眠りに落ちた。翌日は午前10時からVSの予定が入っていた。
写真=野澤亘伸
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服部慎一郎四段ら藤井聡太竜王と同世代の棋士たちの姿を描いた群像ルポ「藤井時代か、藤井世代か」は、好評発売中の文春将棋ムック「読む将棋2022」に掲載されています。どうぞあわせてお読みください。
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