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特集観る将棋、読む将棋

棋士になってから勉強時間は増えた「自分が緩んでしまったら、本当に藤井聡太さんが見えなくなってしまう」

服部慎一郎四段インタビュー #2

2022/05/01

 東京将棋会館の会見場に足を踏み入れた服部慎一郎は、想像以上のカメラを向けられて驚いた。立ち止まり、部屋全体をぽうっと見渡す。広い室内は報道陣で一杯だった。

「昇段したんだな……」

 プロになった実感が、少しずつ込み上げてきた。

 2020年3月7日、第66回三段リーグ最終日。服部は2連勝し、14勝4敗の成績で四段昇段を果たした。同期昇段は谷合廣紀だった。

「結局、盤の前に座って将棋を指すだけですから」

 この日に集まった多くの報道関係者が期待していたのは、自分たちの昇段ではなかったことを服部はわかっていた。西山朋佳は最終日を服部と同じ成績で迎え、順位差で3位につけていた。自力昇段はないが、自身が勝ち、競争相手の二人が負けることがあれば初の女性棋士が誕生する。それは将棋界史上、最大のニュースだった。

 だがそうした世論の期待を、服部がプレッシャーに感じることはなかった。西山は同じ三段リーグのライバルの一人であり、それ以外の何者でもない。

服部慎一郎四段

「結局、盤の前に座って将棋を指すだけですから。余計なことは考えなかったです」

 服部、谷合、西山は、最終日に揃って14勝目を挙げた。昇級枠は2名のため、西山は順位差で次点となった。14勝で昇段を逃したのは、西山で6人目だった(服部も第62回で経験している)。

 注目されたリーグ戦の中で、井田明宏も悔し涙を飲んでいた。この期に13勝を挙げたが、リーグ4位に終わった。

「服部くんに先を越されてしまったことよりも、13勝しても昇段争いに絡めず、次点も獲れなかった。その現実に絶望した」

井田は棋士になった服部に練習将棋を申し出た

 棋士室で見てきた山崎隆之は言う。

「井田くんと服部くんは、リーグ最後の頃はかなりライバル心を持っている感じでした。二人とも好成績を残しながら、もう一息というところで昇段を逃してきて、互いにかなり熱が籠もっていた」

 服部の昇段から少しして、井田は仲間の奨励会数人と、ささやかなお祝いの食事会を開いた。

「服部くんを妬むのではなくて、気持ちの整理をつけて次の三段リーグに臨みたかった。追いかけるつもりで祝福したかったのですが、逆に服部君が恐縮してしまっていた。気を遣わせてしまい申し訳なかった」

 それからも井田は棋士になった服部に練習将棋を申し出た。1年後、リーグ1位の成績で四段昇段を果たした。