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「昇太、苦しかったことでしょう」――ベイスターズ・今永昇太投手への手紙 2022

文春野球コラム ペナントレース2022

2022/05/15

 昇太元気にしてますか。3年ぶり2度目、お母さんです。

 5月13日、朝から降り続く雨は止みそうにない。いつもであれば「試合やるの? 試合やんないの? 開門何時なの?」と心のあややが歌い出す程度にはファンを焦らすハマスタが、早々に中止の決断をしました。これも雨の神に愛されている今永・青柳両投手の信頼と実績ゆえなのでしょうか。

一つ勝つことがなんて苦しいんでしょう、昇太

 先週の今頃、お母さんはいてもたってもいられず、ペールブルーの切符を握りしめ、気づいたら広島駅にいました。ほんとに産んだ方の息子が「マジで行くの?」とドン引きしていました。ええ、そう。母は来ました、今日も来た。昇太の今季初登板と聞いて、この広島に今日も来た。とどかぬ願いと知りながら。

母は来ました、今日も来た ©西澤千央

 真っ赤な人たちの波に飲まれながら、心の二葉百合子がそう歌うのでした。時折見つける青いユニフォームの人たち、その背中の数字のほとんどが「21」だった、お母さんにはそう見えました。たぶん皆さんも、駅からマツダスタジアムまでのあの道のりを岸壁の母を口ずさみながら歩いていたと思うんです。とどかぬ願いと知りながら。

 去年以上に悪いことなんか起こらないと、お母さん思っていました。開幕からオースティン、ソト、エスコバーがいて、2年目のジンクスなんそれの牧がいて、今年全野球ファンのハートを奪っちゃう森がいて、生涯横浜と決めてくれた宮﨑がいて、佐野がいてヤスアキがいて、そしてエース・今永昇太がいて。これでやっと三浦監督の思い描くパズルは完成する。でもね昇太、思うようにならないのが人生とベイスターズだってこと、お母さんすっかり忘れてた。オープン戦で3塁に滑り込んだ森くんが抱えられるようにベンチに消えた時に、開幕直前の札幌遠征に帯同していないオースティンとソトに、開幕投手の名前に今永昇太の4文字がなかったことに、お母さんはまた何かを悟りました。

 苦しかったことでしょう、昇太。人一倍「エース」の責任感が強い昇太は、一体どんな思いで開幕3連戦を見ていたのでしょう。波に乗り切れないまま、次にチームを襲ったのはコロナ。また一人、また一人と一軍から消えていく選手たち。毎日祈るような気持ちでツイッターを開いては、速報を見て静かに閉じるを繰り返していました。それでもなんとか踏ん張って、大型連敗(10連敗以上をそう呼びます)することもなく、薄氷を踏むようにワンアウトを重ね、1点を重ねてここまで来ました。一つ勝つことがなんて苦しいんでしょう、昇太。

 そんな時のファンの支えはただ一つでした。5月になれば今永が帰ってくる。その事実がどれだけ人類に勇気と希望を与えたか。だから今日はもう一つの開幕戦。相手は6連敗してる広島。望むと望まざるとに関わらず、そういう舞台に立たされるのがエースなのだとお母さんは思いました。マウンドの前で小さく一礼して、数回のジャンプ。今永昇太の2022年が始まったのです。