劣等感を抱いていたヘプバーン
ただ、ヘプバーンは自分の容姿に劣等感を抱いていた。足が大きい(25センチ)、眉が濃すぎる、顔の鰓(えら)が張っている、色気が足りない……傍から見れば贅沢な悩みばかりだが、ヘプバーンの「一歩引いた堅実さ」は、もしかするとこの劣等感の産物かもしれない。つまり、劣等感ゆえに彼女はでしゃばらず、劣等感ゆえに彼女は相手役を立てた。
その結果、ヘプバーンは主演した映画を面白いものにした。ローマを光らせ、パリを輝かせ、クーパーやアステアやグラントの渋さを際立たせた。しかもその謙虚さが、めぐりめぐって彼女自身を華やかに彩る。不思議な化学変化だ。それともやはり、ヘプバーンは一種の魔法を使っていたのだろうか。
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監督:ウィリアム・ワイラー。共演:グレゴリー・ペック、エディ・アルバート、ハーコート・ウィリアムズ。
「よくできたおとぎ話」と決めつけるのは簡単だが、この映画はそこだけにとどまらない。ロード・ムービーの味わいやルビッチ・コメディのタッチなどがそこかしこにちりばめられている。新聞記者のペックと王女ヘプバーンが、ヴェスパにふたり乗りをしてローマ中を走りまわるシーンはその見本。戦後間もないイタリアの混沌も、しっかりと描き出されている。
監督:ブレイク・エドワーズ。共演:ジョージ・ペパード、パトリシア・ニール、ミッキー・ルーニー。
原作はトルーマン・カポーティ。主人公ホリー・ゴライトリー役の候補にはマリリン・モンローも挙がっていた。が、これはやはりオードリー・ヘプバーンの当たり役。ジヴァンシーのドレスを着て〈ティファニーズ〉の前でデーニッシュを食べる場面や、〈ムーン・リヴァー〉をひとりで歌う場面は、この人ならでは。60年代初めのニューヨークの空気も伝わってくる。
監督:スタンリー・ドーネン。共演:ケイリー・グラント、ウォルター・マッソー、ジェームズ・コバーン。
謎の紳士グラントが59歳で、美貌の未亡人ヘプバーンが34歳。アクション・コメディにしては主人公が年をとりすぎているように思われるかもしれないが、監督のドーネンは、そんなふたりに曲者の脇役をたっぷり絡ませ、青臭さのかけらもない娯楽作品を悠々と撮り上げている。60年代前半は、逃避主義とそしられることを恐れない映画が数多く撮られていた。