「ライト方向です、糸井が前に出てくる! その前に落ちた! ベイスターズ同点! 代打藤田の同点タイムリーヒット! やりました藤田!」
「センターへはじき返した! 藤田がまた打った! 大和がホームイン! ベイスターズこの回逆転! おとといは同点タイムリー、今日は再び1点リードとするタイムリー! 『横浜愛は変わらない』『ここで優勝するんだ』、強い気持ちで古巣復帰を果たした藤田がやりました!」
文春野球、初参戦のtvkテレビ神奈川アナウンサーの根岸佑輔です。山梨の放送局に4年間勤務したのち、東日本大震災の直後、2011年4月に、地元神奈川へ帰って参りました。現在は、この文春野球にも定期的に登場している吉井祥博アナウンサーと2人で、年間40試合以上あるベイスターズ中継の他、高校野球、サッカー、ラグビー、バレーなど様々なスポーツ中継を担当しています。
密かに恩人と思っている藤田一也選手
2022年シーズンの初実況は、4月19日のホームゲーム、阪神タイガース戦でした。私が実況を担当した第1戦と第3戦、その両方でお立ち台に上がったのは、10年ぶりに古巣復帰を果たしたチーム最年長、藤田一也選手でした。ベイスターズでいうと下園ファーム打撃コーチが同い年の私にとって、自分より年上の選手も、気づけば今年40歳になる藤田選手のみとなってしまいました。そんな藤田選手、実は私が密かに恩人と思っている1人でもあります。
tvk入社当時、右も左も分からず、野球中継もド素人だった私。ファンとして野球を楽しむ事と、伝える立場で野球に接する事のギャップに戸惑い、数えきれないくらいの壁にぶち当たりました。
例えば、年間通してプロ野球を実況するアナウンサーには欠かせないデータ更新(tvkでは「資料つけ」と呼んでいます)。ノートに各選手のその日の成績などを細かく書き込んでいく作業なのですが、ベイスターズに限らず基本的に全球団の全選手分を網羅する必要があり、この作業だけで音をあげそうになっていたのを思い出します。夢のプロ野球中継の世界に飛び込んできたものの、当然ながら甘い世界ではありませんでした。
もちろん今のように実況を任されることはなく、当時はベンチリポーターの仕事がメイン。タイムリー談話などを紹介するだけでなく、試合前に選手に声をかけ、「地元局だからこそ伝えられるエピソード」をいかに聞き出せるかの勝負でした。 しかし当時、知識も浅く、すべてにおいて未熟だった私は、選手に声をかけても、ほぼ会話が成立しない「しどろもどろ」な取材しか出来ません。特にtvk入社1年目(2011年)のシーズンは47勝86敗11分というタフなシーズン。明るい話題も少なく、チーム全体の雰囲気も良かったとは言えない状況でした。正直、会話の「とっかかり」を見つけるのも新人の私には相当なハードルだったことをよく覚えています。
そんな状況の中、私の質問に立ち止まって、何とか私の質問の意図を汲もうと、未熟な若手アナを逆に気遣うような対応をしてくださったのが、 当時選手だった三浦大輔監督と、藤田一也選手でした。
2人の慈悲深さがなければ、精神的に追い詰められ仕事を続けることも出来ず、今の自分はなかったと思います。 特に野手は毎日のように試合に出るので、藤田さんからは数えきれない程のコメントをいただきました。拙い質問に嫌な顔ひとつせず、答えてくれたあの時の恩は一生忘れません。
また私に野球を教えてくれていた会社の先輩から、「野球は試合も面白いけど、シートノックが面白いんだ。特に23番の藤田をよく見ていろ。あれがプロのトップレベルの守備だ」と言われ、その日から藤田選手のノックを食い入るように見ながら、それに合わせて頭の中で実況の描写練習をすることが自分の日課になりました。
衝撃のトレードで藤田選手が東北楽天ゴールデンイーグルスへ移籍し、ベストナインやゴールデングラブ賞に輝き、球界を代表するプレーヤーへと成長する姿。嬉しいと同時に、ちょっぴり寂しいような、なんとも複雑な気持ちで見ていました。