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「乳牛を喰い殺し、胎児をひき出してあった」“450キロの大熊”と対峙した猟師の恐怖体験、もし弾があたらなかったら…

北海の狩猟者 #1

2022/05/21
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内臓が露出する大怪我

 家人たちはすぐに倒れている父親を発見して、腰をぬかさんばかりにおどろいた。すぐにいろいろ介抱した甲斐があって、ともかくやっと息をふきかえしはしたが、大変な重傷である。脇腹をかきむしりとられて、鮮血に染って虫の息。そして、さらによく見ると、脇の下のむしりとられた傷口から、内臓が露出しているという大怪我。まさに瀕死の重傷といってよかった。

写真はイメージです ©iStock.com

 急いで4里(16キロ)の道を病院まで担ぎこんだわけだが、運のよい人というか、桑野さんはようやくのことで生命をとりとめることができた。

「ベコが腹痛でも起こして苦しんでいるのだろうぐらいに考えて、急いで近づいていったんだ。すると、すでに1頭の牛が羆に喰い殺され、内臓をひき出して喰いかかっているところだった。そこへ突然人間が現われたんだからたまらない。いきなり跳びつかれて、一かきに横ッ腹をえぐりとられてしまったわけだ。夢中で懐中電灯を振りまわし、羆の顔面を無茶苦茶になぐりつけたような気がする。そのうちの一撃が、運よく羆の目玉にあたったのだろうか。羆だって、目玉をガンとたたかれては、さだめし目から火が出たことだろう。それでびっくりして逃げ去ったのに違いない。おかげで生命拾いをした」

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 桑野さんは元気になってから、まったく奇蹟的に助かったいきさつを、こう話してくれたものだ。

ジャングルのなかは生命がけ

 この惨劇を聞き、目で見ては、猟銃を持つ手前、どうしても黙過することは許されない。

 しかし、いくら狩猟家でも、草深く生い茂った夏山のジャングルにひそんでいる羆射ちには、あまり喜んで行動を起こす者は少ない。が、周囲の人々にすすめられたり、猟銃さえ持っていれば羆射ちなど雑作もないように考えている人たちに名人扱いにまつりあげられたりすると、1頭も射止めたことのない人でさえ、行かないわけにはいかなくされてしまう。

 そこで、内心のオッカナビックリをかくして、頼まれた人たちの手前、颯爽として出猟ということになるのが普通である。もちろん、どんなヘボ鉄砲射ちでも、一歩ジャングルのなかへ踏みこめばまったく生命がけだということは、身にしみてわかっている。とんでもないことになったものだわい……と、つくづく後悔しても、もう引っこみはつかない。結局、表面は颯爽と、内心は渋々出猟というわけである。

 ジャングルに逃げこんだ羆は、そう簡単に射止めることはできない。山の王者、羆は、人間が大きな音を出す黒い棒(つまり鉄砲)を担いで追いかけてくるぐらいは知らぬ筈はないのだから奥へ奥へと逃げこむ。