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牛の敵討ちを計画

 そこで、われわれ狩猟家は、羆狩り、すなわち牛の敵討ちに再度蹶起(けっき)した。

 まず、われわれは現場を詳しく調査した。せっかく殺してご馳走にありつこうとした時、トラックにおどかされていったんは遁走したものの、このご馳走をそのままにして逃げてしまうわけはない。そこで、その夜一晩、ソッとこのままにして手をつけずに置き、夜中に喰いに出てきたところを射ちとろうという計画をたてた。

 猟人たちはいったん自宅へ帰り、それぞれ早めの夕食をすませると、夕暮近くに三々五々と愛銃を手にして牧場へ集った。

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 夕日は広々と波をうつ北海道の大原野を赤く染め、濃い紫の山脈を、金色に輝く大空にクッキリと浮びあがらせていた。誰一人として声高に話す者はない。緊張した顔を互いに見かわしながら、二言、三言、必要最小限の言葉を低い声でかわしあうだけだ。

 牧場小屋に近づくと、暗い小屋の蔭に、ポッツリと赤い煙草の火がかすかに息づいているのが見えた。

「誰だッ、煙草をやめろ!」

 私の横から太い怒声がとんだ。振りかえると、関山君が後から私のそばまできていたのだった。彼は私と肩を並べながらいった。

「羆は鼻がきくから、煙の香が身についていたら寄ってこない。鉄砲射ち以外の人には家に帰ってもらいましょう」――と。

 関山君が不満げなのも無理はない。われわれ猟人は、下手をすると生命がないのだ。大物射ちの経験の少ない猟人のなかには、その夜の夕食もろくろく喉を通らず、緊張のあまり蒼ざめている人さえあるというのに、なにも知らない村の人たちは、まき起こった事件に大騒ぎしながら牧場に集ってきている。しかも、われわれの邪魔になることを知らないで……。

 だが、それも好意でわれわれを激励にきてくれているのだから、むげに怒るわけにもいかず、若い関山君をなだめて牧場小屋に到着した。村の人々にはよく説明して引きとってもらい、われわれは猟友とそれぞれ位置を定めて隠れて待機した。

羆は現われないと思いきや…

 夜は深々とふけてゆき、いまか、いまかと愛銃を握りしめて緊張を緩めない。刻々と時間は過ぎ、いつのまにか東の空がしらむ頃になってもついに羆は現われなかった。われわれは一夜まんじりともせずに待ったが、それもとうとう無駄になったのだ。

 どうせ日中は人通りもあるので出てこないのだから……と、まず一休みし、また今夜頑張ろうと引揚げることにした。われわれは疲れたからだを休めて、まず一睡りと、手枕でゴロリと横になった。

 すると、なんとしたことか! まもなく、羆が出てきて、牛の胎児を持ち去った――と急報があった。私はびっくりして起きあがった。畜生めッ……と、いまいましくて仕様がなかった。

 羆はわれわれが番をしていたことを知っていて、おいしいご馳走にヨダレを流しながら、どこからか監視していたに違いない。そして人間が去ったので、それッとばかりに出てきて、もっともうまい胎児を湿原のヤチハギの密生したなかへくわえこんでいったのだ。

 われわれが歯がみをしながら現場へ駈けつけてみると、親牛の450キロから500キロもある巨体を30メートルも引き摺っていった地摺りがあった。しかも、その獲物の牛のからだには笹や土がかけられて、埋めて隠した格好になっている。そして、胎児だけをくわえていった跡が、ヤチハギのなかに歴然と残っている。

 だが、このヤチハギは、丈が2メートルもあり、しかも足を踏みこむ隙もないほど、ぎっちりと茂っていた。われわれはお互いに顔を見合わせて、先頭にたつのを躊躇した。

「俺が行く……」

 若くて胆っ玉の太い関山君が、28番の村田銃を構えて、一歩一歩慎重にヤチハギの茂みのなかへ入っていった。

 ビッシリと生い茂ったヤチハギの大ジャングルのなかを、銃をしっかり握りしめ、体重でグッと押しわけながら音を立てないように八方に気をくばっていく関山君の顔はこころもち蒼ざめ、青く静脈が浮いている。息をのんでいるわれわれの顔にも冷たい汗が流れ、思わず手にした銃に力が入った。