目の前にいたのは「超弩級の巨羆」だった
気がつくと、銃に汗で手型がベットリとついているではないか。私としたことが、少々アガッているかな……と苦笑しながら、ズボンで手の汗を拭って銃を構えなおす。
関山君は10メートルも行くと、まったく姿が見えなくなってしまった。もの凄いジャングルである。私は十数メートル離れてついていったが、ここは盆地のため、位置が悪くて見通しがきかない。そこで猟友の行動をヤチハギの動揺によって判断できるようなところを探して、50メートルばかり離れた小高い丘の地点に後戻りして観察しようとした。
そして急いで行動を起こした時、突如、バーンと1発の銃声!
さては……と、銃を持ちなおして緊張した一瞬、ウオッウオーッと咆哮、また咆哮。そして、野山をゆるがしてグッとヤチハギの上になお1メートル6、70ぐらいも体が出るやつが、双手をあげて立ちあがった。
いや、大きいの、大きくないの……。まさに予想もしたことのないほど超弩級の巨羆だった。頭は優に4斗樽を思わせるくらいのやつである。
関山君の姿は見えない。そして気がつくと、立ちあがって私たちの存在をすばやく見つけた羆は、次の瞬間――ダッ、ダッ、ダッと地響きをたてて、真一文字に私めがけて襲いかかってきた!
ハッとして、一時に頭に血ののぼるような思いだった。
巨羆はまたたくまに、50メートル、30メートル、20メートルと迫ってくる。総毛を逆だて、火を吐かんばかりのもの凄い襲来だ。
私はもはや無念無想。なにを考えるひまもあったものではない。瞬間的な目前の出現である。いまだ! 私の愛銃、ウインチェスター・リピーターは火を吹いた。
1弾! たしかにあたった。
一抱えもあろうという巨大な羆の顔面が、一瞬ガクンと前に傾いた。が、すぐに立ちなおると、ひるまずに再び風をまいて襲いかかってきた。
すかさず、ダーンと2弾目。また命中だ。さすがの巨大な図体も、朽ち木の倒れるようにうつ伏せにどっと崩れてしまった。
私は、倒れてまだ痙攣している巨羆を眺めながら、しばらくは悪夢のつづきを見ているように呆然としていた。嬉しいと思う気持は起こらなかった。思えば、まさに危機一髪というところであった。
よくも命中したものだと自分ながら感じ、愛銃を撫でながら、あらためて戦慄をもって足もとに倒れている羆を見まわした。よかった! もし弾があたらなかったら……と、つくづくこの恐ろしさを胆に銘じた。
あとから関山君に聞くと、ヤチハギのなかで寝ているところを発見したので、まず1発射ちこんだ。それからとっさにからだを伏せて隠れ、銃に2弾目をこめかえたが、それを射つ間もなく、足もとの人間にも気がつかず、私の方へまっしぐらに襲ってきたものであった。
4、5メートルの距離のところを、ヤチハギを踏み倒して跳躍した勢いは、サーッと突風が過ぎ去ったような感じだった……と、関山君は目玉をクルクルさせて語った。
この巨大な羆は450キロ(約120貫)もあり、14、5歳の雄。全身金毛に覆われた稀なる逸物であった。私は40年近くの間、自他の射ち倒した百余頭の羆を目撃してきたが、こんな超巨大なのはまったくはじめてであった。