「アメリカではCIAやNSAが情報収集をしても、民間に渡す必要はないし、その義務もない。中国やロシアでは情報機関が集めた情報は国営企業や国内の民間企業に、技術的またビジネス的に有利になるように渡さないといけない。ある意味で、情報機関が企業の道具となってしまっている」
スパイ活動には、違法な面も多いが、紳士協定のような暗黙のルールがある。それは、「国家や国民の安全を守るためにのみ活動する」というものだ。中国のように国家によるスパイ活動で「盗んだ技術」を企業に渡し、産業を発展させるのは、資本主義の大前提である「競争」の公平性を失わせてしまう。それが世界各国が中国の「国ぐるみの産業スパイ行為」を重大なルール違反として、神経を尖らせている理由なのだ。
標的となったのは「台湾の半導体」
そんな中国の「盗み」の標的になっているのが、世界の90%の先進半導体チップを生産している台湾だ。台湾には受託製造で世界でも随一の技術力をもつTSMCなどの拠点がある。
2021年11月に公開されたアメリカ議会の諮問機関・米中経済安全保障調査委員会(USCC)の報告書は「中国との有事などで台湾の半導体分野が1年間、操業できないような事態になると、世界の家電業界の損失は4900億ドル(約56兆円)にもなる」と指摘しているから、世界がいかに台湾に依存しているかがわかるだろう。
中国はその台湾に向けて、サイバー攻撃を繰り返している。
「中国は台湾をサイバー攻撃の実験場所と見なしている。中国は新しい攻撃方法を編み出すと、まず台湾で試すのです」
そう嘆息したのは、台湾の行政院(内閣)でサイバーセキュリティを担当する資通安全処の簡宏偉局長だった。筆者が取材した2018年当時、台湾は毎月400万件のサイバー攻撃を受けていた。さらに「その8割は中国からのもの」(簡局長)だという。
その中には、半導体を狙った大規模なサイバー攻撃もあった。近年で最も大きいハッキング事件は2020年に発覚した。中国政府とつながりのある「キメラ」という名のハッキング組織が、台湾の半導体企業7社にサイバー攻撃によって侵入していたのである。しかも、一度に情報を根こそぎ奪う形ではなく、2018年頃から約2年にわたって徐々に、半導体の設計図やプログラムのソースコードなどの情報を盗んでいた。その巧みな手法に、台湾側は盗まれていることにまったく気が付いていなかったという。