中国のスパイ集団「MSS」とは?
MSSは、中国の国務院(内閣)に属する機関で、日本でいえば内閣情報調査室のような位置づけと考えればわかりやすいだろう。ただMSSは強力な権限を持ち、その活動範囲は広い。アメリカでは、対外情報機関であるCIA、国内を担当するFBI(米連邦捜査局)、さらに主にシギントを扱うNSAなどの組織がそれぞれの分野を担当するが、MSSはそのすべてを担っている。
2018年にトランプ大統領のiPhoneが中国によって盗聴されていたと報じられたが、これにはMSSが関与しているとみていい。
MSSは謎に包まれた組織で、公式HPもなく本部の所在地は公開されていないが、北京にあるようだ。ちなみにCIAはバージニア州ラングレー、イギリスのMI6はロンドン、ロシアのSVR(対外情報庁)はモスクワと、意外にもスパイ組織の本部所在地は公開されていることが少なくない。
中国では2015年からサイバー分野で組織の再編がはじまった。人民解放軍は戦略支援部隊(SSF)を新たに創設した。総参謀部にあるサイバー部隊もそこに組み込まれ、サイバースパイ工作からプロパガンダ、情報工作、破壊工作まで、中国のサイバー戦略を包括的に取りまとめることになったという。SSFの中でも特にサイバー攻撃に特化している組織は、サイバー・コー(サイバー部隊)と呼ばれ、その人的規模はアメリカをも凌駕すると言われている。
中国では、軍のサイバー兵士が7万人ほどで、民間から協力しているハッカーらは15万人ほどになると言われてきた。しかし、一説には、近年さらに協力者などが増えて数十万から数百万人規模になっているとの見方もある。そうした巨大規模の集団が、情報機関であるMSSなどとも緊密に連携しながらスパイ活動に従事しているのである。
盗んだ情報で作る「巨大なデータベース」
米国家防諜安全保障センター(NCSC)元高官のウィリアム・エバニーナは、2021年8月に上院情報特別委員会で「アメリカの成人の80%は個人情報のすべてが中国共産党に盗まれている」「残りの20%も、一部の個人情報が中国に盗まれている」と語っている。それほどに事態は深刻だ。
中国は2018年にかけては、米ホテルチェーン大手マリオット・インターナショナルから3億8000万人以上の個人情報をサイバー攻撃で奪った。また、EU(欧州連合)の28カ国(当時)がやり取りする通信システムCOREUも、中国のハッカーに個人情報などが奪われている。最近では、2021年に世界各地の通信事業者をサイバー攻撃して個人情報などを盗み出していた。
筆者が取材をしてきたCIA元幹部らの話では、「中国はこうしたデータを集めて、巨大なデータベースを作っている」という。そこから情報収集のためのサイバー攻撃のターゲットを絞り込んだり、セキュリティ意識の低そうな相手を探したりするなど徹底的に利用されている。また、中国への出入国などで個人の素性や人脈を把握できる。
筆者の知人である日本人ジャーナリストは、今から何年か前に、北朝鮮関係の要人に取材をするために訪れた中国で、空港に到着して外に出た途端に「当局者」から声をかけられた経験を話してくれた。突然、「お泊りは××ホテルですよね、お送りしますよ」と言われ、恐怖に慄いたという。
海外では実際に、米情報機関関係者の家族が、中国などの情報関係者に接触された事例が報告されている。アメリカの凄腕ハッカー集団を抱えるNSAの元幹部は、「これまで盗み出してきた情報の莫大なデータベースで、重要人物の所在や家族構成なども紐づけており、スパイ活動に活用している可能性が高い」と語る。