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「俺が岩鬼にホームランを打たれるはずがない」現役プロ野球選手が水島新司を訴えた「ドカベン裁判」のその後

『日本野球はいつも水島新司マンガが予言していた!』 #2

2022/05/25
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不振の渡辺に降りてきた「ドカベンの神通力」

 これはこれで、テレビのバラエティとして、そしてマンガのプロモーションとしてもよくできた内容だ。実際、渡辺の完全試合描写が始まる前週の『週刊少年チャンピオン』では、「UN(ウンナン)も注目。福岡ドームで岩鬼久信」の予告文面が入っていた。

 だが、ここからが水島予言の真骨頂。この“劇中完全試合”が描かれたのは『週刊少年チャンピオン』の1996年3月14日発売号から5月9日発売号でのこと。それから1ヶ月後の6月11日、現実世界の西武対オリックス戦において、渡辺久信はなんとノーヒットノーランを達成してしまったのだ。
 実は“劇中完全試合”を描いたあと、水島は渡辺久信に会いに行く。

©文藝春秋

「どうしたんです? 僕、なにもやってませんけど」とポカンとする渡辺に対して、「俺のなかではやったんだ」と花束を渡すやりとりがあったという。その後、現実世界でまさかのノーヒットノーラン。水島は再び、花束を抱えて渡辺久信のもとを訪れたという。

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 このノーヒットノーラン予言の凄い点として、当時の渡辺久信が置かれていた状況も加味しなくてはならない。

 20代中盤までは常勝・西武のエースとして3度も最多勝に輝いた渡辺だったが、90年代になって20代後半に差し掛かると急失速。30歳になった1995年はわずか3勝に終わり、渡辺久信限界説がささやかれ始めた頃だった。

 そんな限界説を吹き飛ばすような快投だったわけだが、この1996年も最終的には6勝止まり。さらに翌年は1勝も挙げることができず、戦力外通告を受けてヤクルトへ移籍することに。西武で最後のひと花を咲かせることができたのは、水島新司と『ドカベン』の神通力によるところが大きいのでは……と思わざるをえない。


 

「俺が岩鬼にホームランを打たれるはずがない」現役プロ野球選手が水島新司を訴えた「ドカベン裁判」のその後

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