朝市、中国人パブ、無縁墓
玉姫公園の周囲は明け方になると、高齢者たちが続々と集まってくる。近くの宿泊施設で暮らす生活保護受給者、日雇い労働者、そして岡田さんら路上生活者たちだ。道端に敷かれたブルーシートには古着、工具、腕時計、古本、靴、陶器などの日用品に加え、アダルトDVDも並んでいる。いずれも数百円単位の値札がつき、平日は15人ぐらい、日曜日は25人ぐらいの業者がそこに座り込んで販売している。岡田さんによると、各業者は毎月3000円の「所場代」をこの地域を取り締まる有力者に支払っているのだという。
ためしにこの朝市をのぞいてみると、アダルトDVDを物色している男性を見つけた。
「川上ゆう、今日はないんだ?」
どうやらお目当てのAV女優がいるようだ。
DVDプレイヤーも朝市で入手可能で、岡田さんは3台も保有している。自家発電機を持っておらず、知人に充電してもらう間の代替機が必要なためだ。1台は液晶画面と一体化したプレイヤーで、これまでに買い貯めたDVDは50枚ほど。
折り畳み式のプリペイド携帯も持っており、岡田さんは取り出して見せてくれた。
「これを使って直接、土建業者から仕事を受けるんですよ。ニュースもこれで見られます」
ちなみに朝市で売られている風呂券は、東京都の銭湯入浴料金460円を大幅に下回る200円。岡田さんはまとめ買いし、週に数日、銭湯に行くのだという。
南千住駅の南口周辺には、中国人女性が経営するカラオケ居酒屋が5店舗ほど点在している。中には真っ昼間から営業している店もあり、生活保護受給者の憩の場になっているようだ。料金も1時間飲み放題で2000円と手頃だ。
中に入ると、それほど広くないスペースにカウンターとテーブル席があり、ママさんのような中年女性と若い中国人女性の数人が接待をしてくれる。大阪西成のドヤ街を訪れた時にも私は同じような光景を目にしたが、西成の方が若い中国人女性が多いような印象を受けた。
山谷で何軒か入ってみたが、常連客で賑わっていて、女性たちと込み入った話をするのは難しかった。ただ、出身を尋ねると、「みんな福建省から来たのよ」という。界隈で商売をやっている住人はこう語った。
「中国人女性の店ができたのは10年ほど前からでしょうか。店もころころ変わりました。この辺りはタクシー会社が多いため、運転手さんがよくお店に行っていますね。運転手さんに毎日、弁当を渡している若い中国の女の子もいますよ」
山谷を歩いていると、救急車をよく見掛けるのもこの地域の特徴だ。ある晩、簡易宿泊施設の前に止まったので駆け付けてみると間もなく、高齢の男性がストレッチャーで運ばれていった。同じ施設の住人に事情を聞いてみると、彼はこう答えた。
「生活保護を受けている方で、元々血圧が高かったんです。お酒好きがたたって倒れちゃったみたいで」
私は拠点にしている宿泊施設「ほていや」に戻って受付でこの件を伝えると、スタッフは次のように返してきた。
「この辺りはよく救急車が止まります。高齢者が多いですから。5年ほど前、雪が降っていた寒い時期に、電柱にしがみついたまま凍死した男性を見たこともあります」
宿泊施設で生活保護を受けている高齢者や路上生活者がこのようにして亡くなった場合、どうなるのか。
台東区福祉事務所保護課の担当者によると、死亡した病院の院長や簡易宿泊施設の管理人から葬祭扶助の申請を受けた後、戸籍を基に遺族に連絡を取るという。
「ご遺族に葬儀をどうするかの確認をとりますが、長年音信不通などの事情から『お役所の方でやって下さい』と言われることが多いです。そうすると『直葬』といって、葬式や通夜を執り行わずに都内の斎場で焼骨だけします」