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2022/06/24

source : 週刊文春出版部

genre : ニュース, 社会, 企業, 経済

潮田の過激な発言は瀬戸に向けられ……

「ペルマの買収を決めたのは私です。窓については世界一の技術を持つ会社を手に入れるのは夢でしたからねえ。うまく経営できるはずだったんです。しかし瀬戸さんの3年間の経営が宝石のようだったペルマを石ころにしてしまった。経営がおかしくなっているのなら、せめて取締役会で報告して欲しかったが、それもなかった」

「瀬戸さんは定時株主総会に株主提案をして、自らCEOへの復帰を目指しているようですけれど、この赤字を招いた責任をどう思っているんですかねえ。訝しく感じます」

 一般的に会見に出席する記者は、発表者が口にする刺激的な発言をわざと取り上げる傾向がある。発表者が会見後に「一部が切り取られて報道された」と怒ったりするのはこのためだ。その意味で4月18日の会見は報道する材料にとって、いわば「撮れ高」の多いものだったが、ほとんどのメディアは潮田の過激な発言をカットして報じた。瀬戸への強烈な私怨を感じ取り、さすがにこれを報道するわけにはいかないと思ったからだろう。

 業績下方修正を発表して、全ての責任を瀬戸に負わせる。臨時株主総会を前に潮田が辞任する。瀬戸にとって2つのシナリオは予想の範囲内ではあったが、いざ発表となると、さすがに驚き、聞き捨てならないと思った。

 ペルマは確かに優れた会社だったかもしれない。しかしデジタル技術の革新で優位性は失われ、買収した時点ですでに「宝」どころではなかった。無理に受注したのは藤森時代で、そのツケが今回の決算に出たのに、潮田は会見で瀬戸の責任だと言った。

 瀬戸は潮田の説明が明らかに間違いだと証明することができた。CEO就任が決まってすぐに作成したLIXILグループの経営に関する報告書では、かなりのページを割いてペルマのリスクを説明していた。正式にCEOになったのは2016年6月の株主総会後だが、その翌月の取締役会でペルマにどれくらいの損失が発生する可能性があるのか、具体的な数字を盛り込んだ資料も提出していた。取締役会の議事録を見れば、その後も報告を続けていたことは明らかだ。「取締役会への報告がなかった」という発言は、瀬戸の退任劇で偽計を使った潮田らしいと言えばそれまでだが、およそ容認できるものではなかった。

写真はイメージです ©iStock.com

潮田に反論するために瀬戸が取った行動

 潮田の会見が終われば、メディアは当然、瀬戸にコメントを求めてくることが予想された。どこで応じ、どう反論するか。瀬戸がそれを考え始めた時に吉野から電話が入った。

「瀬戸、すぐに反論しよう。しかし、今から記者会見を設営するのは無理だ。20人くらいしか入れないけれど、俺の事務所でぶら下がり取材に応じるしかない」

「潮田さんの発言を聞いたけれど、よくあそこまで噓が言えるな。頭にきたからぶら下がりは霞が関ビルのエントランス前にして、時折、36階を見上げてやるパフォーマンスをしようと思ったくらいだが、吉野の事務所に集まってもらうのが現実的だな」

 瀬戸は続けた。

「吉野、もちろん反論するよ。でも潮田さんと水掛け論になるのは避けたい。だからぶら下がりでは説得力を持たせることが大事だと思うんだ。LIXILグループの経営分析をした時の報告書とか、ペルマのリスクを数字で示すために作った資料が手元にあるんだけれど、これを持って話をするのはどうかなあ」

「でも、それは内部文書だろ。メディアに見せるわけにはいかないよな」

「だから『中身を見せるわけにはいかないが、証拠はここにある』と言うつもりだ」

「それならメディアは潮田さんの噓を理解するかも知れないね」

 4月18日午後7時過ぎ。吉野の事務所は20人を超えるメディアで溢れかえった。「急に呼び立てたのに、広い部屋じゃなくて申し訳ないですね」。吉野が殺到するメディアに何度も詫びているところへ、瀬戸が予定よりも少し遅れて現れた。

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