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2022/06/24

source : 週刊文春出版部

genre : ニュース, 社会, 企業, 経済

「森明美とは何者か」

「森明美とは何者か」。PR業界ではそれがちょっとした話題になった。この業界は横のつながりが強く、ライバル会社に所属する人であっても同業者ならば名前ぐらいは知っている。しかし森明美は聞いたことがなかったからだ。それもそのはずで、森はモノタロウOGであると同時に金澤の妻である。「金澤」を名乗れば会社側に勘ぐられかねないと考え、旧姓を名乗った。金澤は夫婦ともども瀬戸シンパだった。

 しかし松本は吉田やジン、金澤とは違った。瀬戸に同情的ではあったが、瀬戸が退任し、潮田−山梨体制になってからもCFOとしての職務も忠実にこなしていた。本人は決して瀬戸と潮田−山梨を両天秤にかけていたつもりではなかった。自分の感情はひとまず横に置き、肩書きに相応しい仕事をすることが自分にとっての「正しいこと」だったと思ったからそうしたに過ぎない。

 しかし潮田が退任会見を終えて、松本の堪忍袋の緒は切れた。肩書きはCFOだが、事実上、経営企画も担当しているのに直前まで潮田と山梨の人事を知らされていなかった。「ジンは知っていたの?」と聞くと、ジンは「そんなわけないじゃない」と言った。潮田と山梨は重要事項を決めるのに本来は関わらせるべき松本とジンらを外し、危機を乗り切るために雇ったIRJとパスファインド、それと森・濱田松本法律事務所に相談して物事を決めている。松本にはそう見えた。

 株主から解任を突きつけられ、その流れが大勢となりそうな情勢になって潮田と山梨が多少なりとも動揺したことは間違いない。社内を見渡せば、誰と断定することはできないにしても瀬戸シンパの幹部は確実にいる。次第に猜疑心が強まって社内の人を信用せず、外部の専門家にしか頼らなくなった。それはそれで異常だが、「プロ」を名乗り、カネを渡す限りは忠実な人材で脇を固めるという心境は分からないでもない。しかし松本は会見でのペルマについての潮田の説明がどうしても許せなかった。

写真はイメージです ©iStock.com

 2016年1月に初めて出会ってから、時をおかずして瀬戸は「松本さん、ペルマを子会社として持ち続けることはリスク以外の何物でもないですよね」と言った。「最初からLIXILグループの急所を見抜いてくるとは。瀬戸という人はただ者ではないな」と思ったことを松本は鮮明に覚えている。その後、瀬戸が取締役会で具体的な数字を元にペルマ売却に言及し、それを潮田は表情にこそ出さないが、明らかに不満な様子で聞いていたことも見ている。

 最終的にCFIUSが待ったをかけたため、ペルマのLIXILグループへの出戻りが決まったことが報告された取締役会で、松本は潮田が嬉しそうな顔をして会議室を飛び出して行ったことも目撃した。ところが退任を発表した会見場で隣に座った潮田は真顔で延々と「悪いのは瀬戸だ」と語った。松本はCFOの仕事を忠実にこなすことは決して「正しいこと」ではないと悟った。

〈このままでは会社がダメになる。もういい。これからは肩書ではなく、自分の気持ちに正直に行動しよう〉

 松本が反旗を翻そうと決心をしたころ、ジンは金澤に相談を持ちかけていた。

「臨時株主総会が開かれれば、潮田さんと山梨さんは解任される。そうしたらキンヤがCEOに復帰する可能性が一気に高まると思っていたけれど、記者会見で情勢が分からなくなった。2人は取締役にはならない。でも代わりの取締役は潮田さんの息のかかった人を据え、CEOを山梨さんにする。そして潮田さんが裏で糸を引くというのが、彼らの狙っているシナリオでしょう。そうなれば私達は間違いなくクビだけれど、考えてみたらもうクビになっているようなものじゃない。お互い次の道を歩むことになるだろうけれど、その前に『正しいこと』をしない?」

 ジンが金澤に言ったアイデアはビジネスボードを活用するというものだった。前年12月にドイツのデュッセルドルフで開かれたビジネスボードのミーティングでの振る舞いを見て、メンバーのほとんどは山梨にはリーダーの資格がないと判断した。そのメンバーで「潮田−山梨体制では会社が持たない」という一種の連判状を作成し、指名委員会や主な機関投資家に送りつけて賛同を得るのはどうか。ジンはそう言った。

 金澤はジンの言う「どっちにしろクビになるのだから、次の道を歩む前に自分たちができることをしよう」という考えには賛成した。しかし金澤は連判状に名を連ねるのが確実なのは自分とジン、吉田の3人しかいないと考え、「連判状を出すのなら、有志の数が多くないと意味がないよね。問題はどうやって仲間を増やすかだ」と言った。どうしたら金澤の懸念を払拭できるのか、ジンが自席に戻ってその方法を考えているところへ、松本がふと現れた。

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