1ページ目から読む
2/3ページ目

 もちろん、非正規雇用が増えたこと(働く人が増えた、女性や高齢者が働き始めた)によって平均年収が上がりにくい構造になっているなどの「言い訳」はある。夫婦共働き世帯の中には7000万円を超えるマンションに手が届く世帯もあるから、高額帯でもマンションは売れているなどという「理屈」もある。

 だが、給料を上げることができるのは大企業などのごく一部。中小企業の多くには成長余力はなく、地方に至っては維持するのに汲々となっている企業が大半であるのに、株価や債券、不動産価格が上がったからというだけで、給料が増えるなどといった恩恵を被る人が多いとはとても思えないのだ。

豊かにならない消費者の前で、値上げを宣言し始めた企業

 さてこんな状況下で、ついに世界は先進国を中心に利上げに舵を切った。ところが日本はどうやらこの先端グループにはついていけそうもない。すでに企業物価指数は大幅に上昇を始め、消費者物価指数との乖離がとんでもない水準になっている。いっこうに財布が豊かにならない消費者の前で値上げに怯えていた企業も、背に腹は代えられず始めはおっかなびっくり、今や次々にそして堂々と値上げを宣言し始めた。強烈なコストプッシュによるインフレの招へいは、黒田総裁が夢想した物価上昇目標の世界とは異なる光景となりそうだ。

ADVERTISEMENT

 だが、黒田総裁も政府ももはやこの低金利政策の旗を下すタイミングを失してしまっているのは間違いない。この期間中に宴を楽しんだのは証券会社や不動産会社、一部大企業と、個人では富裕層だけなのだが、金利を上げようものならすでに多額の負債を抱えている不動産会社などの大企業やそこに貸し付けている金融機関に不良債権問題が勃発することは必定だからだ。

 彼らの多くは政府自民党の岩盤支持層であるから政治も容易に舵を切ることはできない。また背伸びをして多額の住宅ローンを組んでマンションを買った個人の大半が変動金利を選択しているために、こうした人たちが阿鼻叫喚の返済地獄に陥る可能性は高い。さらには1000兆円に膨らんだ国債の利上げは日銀自体の息の根を止める行為にもつながる。

 軽々に利上げなどを発表すれば、かつて「黒田バズーカ」として放たれた大砲は、砲の向きが変わり、自らをも木っ端みじんにするバズーカに代わってしまうのである。つまり何も手が付けられずに、来年春の退任を迎えるしか黒田総裁には選択肢は残されてはいないのだ。