名目上の著者に代わって原稿を書く人をゴーストライターという。ぼくもときどき引き受ける。世の中にはそういう本がたくさんある。「協力:○○」なんて記されている本は大抵そうだと思っていい。
この作品はゴーストライターがある事態に巻き込まれ、そうとは自覚せぬまま探偵役になってしまう長編ミステリである。ゴーストライター経験者として読むと、同感・共感するところもあるし、驚くことも多い。特に結末は、やっと頂上に着いたと思ったら、まだ先があったというか、頂上じゃなくて谷底だったと気づくというか、最後まで気を抜けない小説だ。
人は自分にとって都合のいい話しかしない。都合の悪いことは隠すし、ときには平気で嘘をつく。
フリーライターの上阪傑(うえさかすぐる)は、大手IT企業の会長、釜田芳人から自叙伝の代筆を依頼される。釜田は癌で余命半年。そのため1カ月で原稿を完成させなければならないうえ、取材する時間も限られる。
上阪はこれまで釜田の3冊の本を代筆したことがある。本はベストセラーになったが、釜田は約束した報酬を払わなかった。そのため長く絶縁状態にあった。上阪もお人よしではない。今度は過去の未払い金も取り返そうと臨む。
それにしても、なぜいまさら釜田は上阪に代筆を依頼するのか、何が目的なのか。それがこの小説で最大の謎である。
上阪が釜田に取材を始めると、これまで聞いたことのない話が次々と出てくる。かつての3冊で釜田は嘘をついていたのか。今度の話は本当なのか。
釜田の会社は画期的なポータルサイトやゲームアプリをヒットさせたことで大きくなった。しかしそれは釜田ひとりの功績ではなかった。釜田の会社には前史ともいうべき時代があり、和泉廉晴(きよはる)というパートナーがいた。アップル社にたとえるなら、釜田がスティーブ・ジョブズで和泉がスティーブ・ウォズニアックのような存在だ。
小説は3つの層で構成され、それらが入れ替わり立ち替わり現れる。「仮題・釜田芳人伝」は上阪が釜田に聞き書きした原稿。「上阪傑の章」は上阪の視点で書かれた、いわば地の文。釜田の層と上阪の層を重ね合わせると、事態がかなりくっきりしてくる。そして「和泉日向(ひなた)の章」。当初、釜田・上阪の層とは無関係に存在しているように見えるが、やがて接近する。最後に3つの層が重なると、驚くべき全体像が見えてくる。
ゴーストライターの仕事で厄介なのは依頼人からのチェックだ。だが釜田は上阪に言う。「きみは好きに書いてきた。そして私はきみにすべてを任せた」と。ライターをその気にさせる魔法の言葉だ。まさかここにとんでもない罠が隠されているなんて、誰が予想するだろう。
ほんじょうまさと/1965年、神奈川県生まれ。スポーツ新聞記者を経て、2009年『ノーバディノウズ』で作家デビュー。17年『ミッドナイト・ジャーナル』で吉川英治文学新人賞受賞。18年『傍流の記者』で直木賞候補。
ながえあきら/1958年、北海道生まれ。ライター。近著に『私は本屋が好きでした』『小さな出版社のつづけ方』など。