「まずは話題になることが第一。特に今作は読者の方々に純粋に楽しんでもらいたいと思いましたので、そういう感想はやはり嬉しいです。感想は肯定的でも否定的でも、どちらもありがたく受け止めています」
三島由紀夫賞受賞の『カブールの園』、星雲賞を受賞した『あとは野となれ大和撫子』などのヒット作で知られる小説家の宮内悠介氏。新刊『かくして彼女は宴で語る』は、明治時代末期に実在した耽美派芸術家たちのサロン「パンの会」が舞台となった6つのミステリ連作短編集だ。この会の話を詩人で著述家の妻・Pippo氏から聞き、興味を持ったという。
「世に出るか出ないか、といった時期の若い芸術家たちが集まっている、その青春の爆発と輝きに惹かれました。この会に参加していた高村光太郎は『本当の青春の無鉄砲』と振り返っています。メンバーたちが美や芸術観を語らう時間は、まさにそうだったのだと思います。彼らの青春譚としてもそうですが、謎を解決していく過程の会話のやりとりも楽しんでもらいたいところです」
詩人の木下杢太郎、北原白秋らが、隅田川沿いにあるモダンな料理店「第一やまと」に集っては、各々が持ち寄る不可解な事件を推理していく。
会食の場で登場人物たちが推理を繰り広げるという形式は、アイザック・アシモフの『黒後家蜘蛛の会』から着想を得た。
「耽美派の芸術家である彼らがどんな“迷推理”を繰り広げるのか、評伝などを頼りに人物像を練っていきました。何しろ彼らが残した作品は耽美的なので、作品から人物像を想像するのが難しくて(笑)。特に苦労したのは石川啄木です。彼は夭折の天才だという人もいれば、ロクデナシだという人もいて、評価がかなり多面的。実際の彼がどのような人物だったのかを想像するのは大変でした」
朝日新聞社校正係として就職することが決まった啄木が登場するのは、第5回「ニコライ堂の鐘」。彼は、駿河台に引っ越したばかりの与謝野晶子から、こんな奇怪な噂を聞いたという。
明治38年の10月のその日、聖堂にいたのは主教のニコライと3人の信徒。平日の午後、鳴るはずのない時間に鐘が鳴り、ニコライと信徒2人が駆けつけると、胸をナイフでひと突きされ、マント姿で横たわる1人の信徒の死体が。しかし鐘楼には犯人の姿がない。
鐘が鳴った直後に彼らが駆けつけたことを考えると、4階建て相当の高さがある鐘楼から逃げることは不可能なはず――。
パンの会の面々がああでもないこうでもないと推理を繰り広げ、そこに謎の女中も加わって、場は一層賑わっていく。
「ニコライ堂はじめ、浅草十二階、明治40年に上野公園で行われた東京勧業博覧会など、当時のイベントやランドマークを巡るような形にしています。また、キーパーソンとして、料理屋の女中・あやのに探偵役として登場してもらいました。舞台が明治時代なので仕方のないところもあるのですが、パンの会は男性ばかりの集まり。なので、探偵役には女性、それも当時でいう『新しい女性』のような人物が良いだろうと考えたのです」
各回の謎解きにも“美意識”が溢れ、明治末期だからこその感性を綿密に表現している作品だ。
「私の中での“美のための美”の扱いは基本的に一貫しています。それが何かをこの一冊を通して問う形になっているので、それも楽しんでいただければ」
みやうちゆうすけ/1979年、東京都生まれ。小説家。92年までニューヨークに在住。2012年『盤上の夜』でデビューし、日本SF大賞を受賞。17年、『彼女がエスパーだったころ』で吉川英治文学新人賞、『カブールの園』で三島由紀夫賞を受賞。そのほか、著書多数。