デビューから足かけ六年、常に話題作を発表し続けている宮内悠介の新作は、異色の音楽小説である。

 櫻井脩は、アメリカ西海岸にあるジャズの名門〈グレッグ音楽院〉を受験するため渡米する。音楽院は試験を興行にしていて、予備試験は音楽祭に飛び入りして演奏し、観客を熱狂させるというもの。最初の関門を突破した脩は、音楽院を目指すマフィアの跡取りザカリー、スキンヘッドの巨漢マッシモと仲良くなる。

 かつて音楽院に合格した脩の父・俊一は、電子楽器〈パンドラ〉を使って活動していたが、現在は行方不明。脩には、父を探す目的もあった。かつて父と行動を共にしていた先住民の女性リューイに導かれ、先住民保留地へ向かった脩は、〈パンドラ〉を渡される。

ADVERTISEMENT

 音楽をモチーフにしているところは、歌う日本製の少女型ロボットDX9を狂言回しに使った『ヨハネスブルグの天使たち』を思わせるし、父と息子の確執は『エクソダス症候群』でも重要な要素になっていた。その意味で本書には、これまで著者が追究してきたテーマが凝縮されているといっても過言ではない。

 二次試験は、二人の受験生が交互に演奏して勝敗を決める直接対決となる。脩は〈パンドラ〉を持って試験会場へ向かうが、そこで音楽院の元学生アーネストの身分証を持った死体が見つかり、現場には「アメリカ最初の実験」というメッセージが残されていた。アーネストは、俊一が親しくしていた人物だという。事件が報じられると、現場に「第二の実験」「第三の実験」と書き残す不可解な殺人事件が全米で続発する。

 本書は、実に多彩な読みができる。まず失踪した俊一の行方と、アーネスト殺しの真相を探るミステリとして楽しめる。電子楽器〈パンドラ〉の存在は、音楽は科学的に分析できるのか、人間の心や感性が生み出すのかを問い掛け、音楽の本質に迫っている。音楽院の奇妙な試験は、対決もののマンガのような面白さがあり、音楽はゲームと割り切っていた脩が、ライバルであるからこそ分かり合える友人たちと出会うことで変わっていく展開は、青春小説としても秀逸である。

 これに、先住民を殺して成立し、奴隷だった黒人がジャズを作り、音楽を含むあらゆるものを商品にした資本主義大国アメリカの歴史も複雑にからんでいく。

 著者は、これらの素材を、まさに音楽のように重層的(ポリフォニック)に構成しながら、鮮烈なビジョンを描いていく。謎が謎を呼ぶミステリアスな物語の先に何を見るかは、読者一人一人が考えることになるだろう。

みやうちゆうすけ/1979年東京都生まれ。92年までニューヨーク在住。2012年、デビュー短編集である『盤上の夜』が直木賞候補となり、日本SF大賞を受賞。続く『ヨハネスブルグの天使たち』も直木賞候補、日本SF大賞特別賞受賞となった新鋭作家。

すえくに よしみ/1968年広島県生まれ。文芸評論家。『読み出したら止まらない! 時代小説マストリード100』など著書多数。

アメリカ最後の実験

宮内 悠介(著)

新潮社
2016年1月29日 発売

購入する