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触感をめぐる冒険

『触楽入門 はじめて世界に触れるときのように』 (テクタイル[仲谷正史、筧康明、三原聡一郎、南澤孝太]著)

2016/03/29

 評者(七九年生)と同世代、触覚研究花盛りである。アナログの身体的記憶を持つ最後の世代だからだろう。ポケベルでメッセージを送っていた九〇年代半ばから、インターネットの常時接続、携帯端末のコモディティ化へと、一〇代から二〇代の最も多感な時期に情報インフラの大変革を経験。けれども決してデジタルネイティブではないこの世代は、情報の氾濫とひきかえに、実際にものにふれたときの手触りや身体性が失われたという欠落感も持っているのだ。もちろん、触覚を研究するといっても、失われたものを取り戻そうとするノスタルジックな営みではない。量と速さで勝負する情報観が一段落した今、情報の質感や感情的な価値に注目が集まりつつある。そのような状況にあって、触覚は、この社会における情報のあり方をアップデートするキーワードでもあるのだ。

『触楽入門』は、そんな評者と同世代の、触覚研究にたずさわる工学やアートの研究者のチーム「テクタイル」が、その成果を一般向けにまとめた一冊である。本書の最大の特徴は、触覚の基本特性に関するさまざまな興味深い知見が、純粋な生理学的あるいは人間工学的な実験の成果としてではなく、ものづくりやワークショップといった人とかかわる活動とも連動して深められていることである。たとえば、彼らが開発した装置に、テクタイル・ツールキットという触感の記録・再生・編集ができるものがある。評者もこれを利用して「紙コップに投げ入れられた十円玉の触感」を送信してもらったことがある。いわば触覚の糸電話のようなものなのだが、驚くほど正確に「十円玉」感が認識でき、触覚が思いのほか記号的な認知能力に長けていることを実感した。「すごい!」「おっ、これは?」といった体験を通して、触覚をめぐる知的な探求が始まる。本書全体を貫いているのは、まさにこうしたおどろきやときめきの瑞々しさである。詳細な触感年表も必読。

なかたに まさし/1979年島根生まれ。慶大院特任准教授。
かけひやすあき/79年京都生まれ。慶大准教授。
みはらそういちろう/80年東京生まれ。アーティスト。
みなみざわこうた/83年東京生まれ。慶大院准教授。

いとう あさ/1979年東京生まれ。東工大リベラルアーツセンター准教授。著書に『目の見えない人は世界をどう見ているのか』等。

触楽入門

仲谷 正史(著)

朝日出版社
2016年1月15日 発売

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