入団会見の席で鈴木本部長の「個人名」を出したことへの驚き
さて。秋山に話を戻そう。入団会見の際、秋山は「個人として2000安打を打ちたいという思いがあった中、鈴木本部長にそのことを言われた。すごく嬉しく思いました」と語った。
この話は当然ながら皆さんもご存知のことと思うが、私が最も印象的だったのは、秋山が入団会見の席で鈴木本部長の「個人名」を出したことだ。普通であれば「球団の方から」あるいは「フロントの方から」と言えば済む話だが、あえて秋山は名前を出した。私は、それこそが鈴木本部長の人柄を象徴するものだと思った。交渉で「君の力が必要だ」と伝え金額などの話をするだけではなく、その相手がどういう思いで野球をやっているか、どういう環境でやりたいか。ビジネスライクなアプローチではなく「人として」交渉をする。話をする。相手を思う。名前が出たのは、秋山が心を打たれた証しだと思う。
新井がカープに帰る道を作り、メジャーリーガーとして活躍していた黒田を復帰させ、最も不利だと言われていた争奪戦の末に秋山を獲得する。まさに「敏腕」という言葉がふさわしい人物だが、じつはそのイメージとは対照的な面もある。たとえば黒田がカープ復帰を決意し電話をしてきた時、黒田の「帰ります」という言葉に対し「どこへや? ドジャースか?」。カープに帰るという意味ではなく家族のいるアメリカに帰るという意味だと勘違いしたのだ。黒田の声のトーンが低かったため、着信の時点で「断りの電話」だと思っていたのかもしれないが、なんとも微笑ましいエピソードである。ちなみに、その時の着信履歴を消さないためにわざわざ携帯電話を変更、着信履歴の残った携帯を記念として保管している。これまた微笑ましいエピソードだ。
そして今回、秋山から入団を決意した電話をもらったタクシーの車内では、思わず「えっ。マジ?」と答えている。立場は本部長。普通は「そうか。よく決断してくれた!」的なことを言う場面だが、それより先に率直なリアクションが出てしまったのだ。興奮冷めやらぬまま新横浜駅に向かって新幹線に乗ったのだが「頭が真っ白になり、どういう風に(タクシーを)降りてどう改札に入ったのか覚えていない。弁当を買い間違えたかなって(笑)」とも語っている。大きな交渉を成功させておきながら、球団の本部長でありながら、まるで我々ファンと同じように動揺したり喜んだりする。なんと人間らしい人なのだろう。
ドラフトで素晴らしい選手が入団することも嬉しい。期待していた選手が活躍することも嬉しい。でも私は、そういう「選手」という存在はもちろん、鈴木本部長という人がカープにいてくれることが何より嬉しい。正直、感謝してもしきれないほどだ。今回は秋山を獲得してくださり、本当にありがとうございました。これからもその敏腕ぶりと人間らしさ、率直さを、存分に発揮してください。
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