極寒、飢餓、重労働に屈しなかった男たちの、奇跡の実話をコミカライズ。『ラーゲリ〈収容所から来た遺書〉』がいま、話題になっている。シベリア抑留中に死んだ元一等兵・山本幡男の遺書を、厳重なソ連監視網をかい潜り、日本へと持ち帰った男たちの物語。作画を担当した漫画家の河井克夫さんに、コミック版をつくるにあたっての意気込みや読み所などについてお聞きした。

登場人物が20人を超える群像劇

――原作は辺見じゅんさんの大宅賞受賞作です。はじめて読んだ時の感想を教えてください。

河井 第一印象は「暗い話だなー。かわいそうで嫌だなー」って感じで、正直、気が乗らなかった(笑)。そもそも性格的に、感動の実話や苦労話みたいな、エモーショナルな話は苦手なんです。とはいえ、2、3回読み返してみて、群像劇としてマンガにするのなら、僕が描いても“勝ち目”があるんじゃないかと思い始めました。

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――たしかに、冒頭の人物紹介だけでも20名もの人々が登場します。

河井 原作では、もっとたくさんの捕虜仲間が登場します。普通、映画でもドラマでもマンガでも、文学作品を映像化するのであれば、登場人物を減らして、設定を単純化するのが常套なんです。ただ、僕としては設定を変えるのは嫌いなんです。そのまんま描きたい。実際、原作を踏襲した方が絶対、面白くなるんです。

 先崎学さんの『うつ病九段』をコミカライズした時もそうでした。うつ病になったプロ棋士が、自分と将棋を取り戻すまでを綴った闘病記なんですが、極力、原作に忠実に描きました。その代わり、原作に描かれていないところは、勝手に描かせてもらう。たとえば、先崎さんの奥さんは「妻」としか書かれていないので、想像で描かせてもらいました。もちろんネットで調べればどんな人なのか分かるんですが、その辺は、自分に課したルールにのっとってやってます。

――作品全体の流れも、原作を踏襲してますね。

河井 今回は準備期間があったので、文春オンラインで連載を始める前にネーム(セリフの入ったコマ割り)を最初から最後までつくってみたんです。実際にやってみると、原作通りでいけるんじゃないか、と。もちろん、割愛したシーンやキャラもありますが、基本の流れはそのままです。

 

――たしかに多くの人物が登場しますが、物語の流れがスムーズで、読みやすかったです。

河井 原作がよく出来ているんですよ。帰還(ダモイ)列車で帰国する直前に山本が強制収容所(ラーゲリ)に逆戻りとなる冒頭のシーンから、スべルドロフスク時代の回想、列車から連行された山本がハバロフスク収容所でアクチブ(活動家)たちに吊るし上げを受けるまでが前半部分なんですが、物事が起きるタイミングや場面転換が絶妙で、読者を飽きさせない。