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もしも隣の奥さんが「ゴリラ」だったら……

『望むのは』(古谷田奈月 著)――著者インタビュー 

彼を守ると使命感に燃える少女、なぜなら… 

『望むのは』(古谷田奈月 著)新潮社 本体1500 円+税

 きらきらと光が舞い、風が吹き抜けていくような、実に気持ちのいい青春小説だ。

 物語は、高校の入学式直前から始まる。15歳の少女・松浦小春(まつうらこはる)は、隣家に引っ越してきた“幼なじみだったはずの”少年・安藤歩(あんどうあゆむ)と出会う。それまではたったひとり、自分を取り囲む世界の「色」を集めることに熱中してきた小春だったが、色白で弱々しくて、どこか質素な顔立ちをしたこの少年を見た途端、自分が騎士になって「彼を守ってあげる」という使命感に燃えることになる。なぜなら、彼の母親は“ゴリラ”だったから――。

「日常の暮らしのなかで、一瞬『え?』と思わず注目してしまうほどの個性的なひとに出会うことがありますよね。そういうとき、私はいつも『なかったこと』にしてしまっていたんです。じろじろ見るのも失礼、かといって動揺を隠して話しかけるのも不自然だし、と。でもそれって、実はすごくもったいないことなんじゃないかと気がついて。他者に対する驚きごと『なかったこと』にしてしまっているんですから。そのうち、もしも隣の奥さんがゴリラで、しかもその奥さんが気立てのいいチャーミングなひとだったら……とアイデアが膨らんでいき、この作品はここから始めてみようと決めました」

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 ゴリラでありながら人間の男性と結婚し、歩を産み、主婦として暮らしているところの安藤秋子(あきこ)さん。もちろん初対面のときは小春だって驚き、ちょっと悩む。でも、秋子さんは秋子さんだと吹っ切った小春は、そのことで歩が新しいクラスメイトたちにいじめられたりしないよう、張り切るのだ。それなのに――。歩はそんなこと気に留めないどころか「色占い師」なんぞをしている小春の祖母のほうが「よっぽど 変わっている」と言い放つ。さらに、自分はバレエダンサーなんだと、同級生たちの前でとっておきの告白をしてみせる。小春さえ知らなかった“秘密”が世界に開示されたその瞬間、小春はもう、彼の騎士ではなくなっていた。