きみがいったいなんなのかは、きみがわかっていればよろしい
「小春は想像力も感受性も人並み外れて豊か。勝手に妄想をふくらませ、歩に思い入れては空回る。現実とのギャップにショックを受けることもたびたびだけど、でもこれって全然悪いことじゃないんですよね。なぜなら、そもそも見てる景色も、抱いてる価値観も、ひとりひとりまったく違うもので、正解があるわけではないのだから。別の見方も知らなきゃダメだなんて肩肘張る必要もないし、十人いたらそこには十通りの世界がある。大事なのは、そのことをちゃんと知っているっていうことだと思うんです」
本作にはハクビシンの美術教師など、思いがけないキャラクターがさりげなく登場する。その際、「ハクビシンであること」は決してないがしろにされないが、カリカチュアライズされることもない。ただただ、ハクビシンが人間の女性と恋をすることで生じる悩みや、美術家としての矜持などが、実にユーモラスに、“人間くさく”、綴られていく。
「様々な動物が共存する“楽園”を舞台にしたディズニー映画の『ズートピア』、あの作品を観たときの違和感がまだ自分のなかで解消されていなくて。肉食動物と草食動物の共存がテーマの作品が、なぜ《肉食=悪》を前提とするのか。肉食動物のありのままの姿をまず否定し、その上で平和のありかたや個性の尊さを語るのは偽善だと思う。私たちはみんな違う生き物です。完全にわかり合うことじゃなく、完全にはわかり合えない、とおおらかに“諦め合える”世界のほうが、楽園に近いように私には思えます」
〈きみがいったいなんなのかは、きみがわかっていればよろしい〉
ハクビシンの美術教師が言うこの台詞が、最後まで胸に残る。
こうした言葉に背中を押され、徐々に自分の「色」について自覚していくとともに、凜として自分の道を貫く歩への想いを募らせていく、そんな小春の恋模様からも目が離せない。
―――
こやた・なつき
1981年、千葉県生まれ。2013年、『星の民のクリスマス』(「今年の贈り物」を改題)で第25回日本ファンタジーノベル大賞を受賞。2017年、『リリース』で第30回三島由紀夫賞候補。その他の著書に『ジュンのための6つの小曲』。