2017年は、前年からくすぶっていた「AV強要問題」が社会問題化した1年でした。政府は3月に内閣府や警察庁などでつくる対策会議を設置。全国の警察に専門官を配置して被害防止に取り組んでいます。鈴木涼美さんがこの1年を振り返り、女子大生のころから抱えている「ギャラ100万円の対価は、何に支払われていたのか」問題について考察しました。

AV業界がこれまでにないほどに「叩かれた」年の年末に

 当時まだパカパカと開くタイプだった携帯電話の着信画面に、2ヶ月ほど前の飲み会で出会ってから仲良くしている男の名前が光った。二人きりで会ったのはまだ3回くらいだったのだが、同じ飲み会にいた彼の同僚たちとバーベキューの計画も立てていた。大学院生の私から見るとあまりに忙しい人で、こちらから誘うのは憚られるので、いつも向こうからお誘いの電話が来るのを待っていた。急いで通話ボタンを押すと、「今仲間と超盛り上がってるよ! お前AV出てたんだって? すごいじゃん」とテンションの高い声が飛んでくる。ほとんどすべて予想通りの未来が来ただけなのに、私は地下鉄の駅で固まった。

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 AV嬢のデビュー作のギャラ100万円は何に対して支払われるのか。これは私がこれまで何度も何度も考え、考え直し、さらにまた考え直してきた問題であり、これからもまた何度でも塗り替えていく問いだ。AV業界がこれまでにないほどに「叩かれた」年の年末に、現時点で思うところを少し書き留めておきたいと思う。

AV嬢が支払うことになる「未来への対価」について

 どんな仕事の対価も、シンプルな一つの労働に対して支払われているというより、その人の現在(その労働や時間)、過去(学歴や顔など)、未来(その仕事の将来的なリスクなど)に対して支払われているというのはそれなりに妥当な考えだ。そして、AV嬢は他の仕事に比べて、もらうお金に対する「未来への対価」の割合がことさら大きい。それに比べれば、現役時代に支払った代償なんて大したことないと思えるほどに。

 私はこの「未来への対価」について現時点で、思うことをここで書いておきたい。「偏見をなくして職業として認めよう」という議論と「偏見があるからこそ高額なギャランティが保持されている」という議論は両方理解できる。ただ私は正直、そんな話にもう飽きてしまったし、実際の「中身」は「偏見」や「リスク」という単純明快な言葉を与えられる類の話ではないように思うからだ。元新聞記者としてでなく、『「AV女優」の社会学』の著者としてでもなく、元AV女優として、個人的な経験や感覚から紡ぐ文章にしようと思う。