第102回全国高等学校野球大会の中止――2020年5月20日に「甲子園優勝」の夢を失った明徳義塾高校野球部の選手たち。自身も大きな衝撃を受けた監督の馬淵史郎氏が選手たちに送った言葉とは?

 スポーツジャーナリストの小山宣宏氏の新刊『コロナに翻弄された甲子園 名将たちが伝えたかったこと』より一部抜粋してお届けする。(全2回の2回目/前編を読む)

甲子園中止を言い渡された選手たちに、馬渕監督がかけた言葉とは? ©iStock.com

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「65歳でも、サヨナラ勝ちはうれしいですよ」

 4対5で1点を追う9回裏ツーアウト一、二塁の場面。明徳義塾高等学校(以下、明徳義塾)の4番を打つ新澤颯真(現・拓殖大)がライトオーバーの三塁打を放ち、2人の走者が生還。見事にサヨナラ勝ちを収めた。その直後、一塁側ベンチにいた馬淵史郎監督はガッツポーズを見せる。

「65歳(実際は64歳)でも、サヨナラ勝ちはうれしいですよ」

 興奮冷めやらぬ様子で、馬淵は試合後のインタビューでこう報道陣に語った。

 2020年8月10日に甲子園で行われた交流試合の大会初日の第2試合、明徳義塾は鳥取城北と対戦していた。開幕試合で花咲徳栄が大分商業を下したのを見届けてからの試合は、苦戦を強いられていた。相手の先発右腕の松村亮汰(現・日本大)、次いで登場した左腕の阪上陸(現・同志社大)の前に7回までに無安打に抑えられていた。だが、2回と5回に四死球と送りバント、犠牲フライをからめて計2点を取り、7回終了までに2対1で明徳義塾がリードしていた。

 このとき馬淵は内心、「何か嫌な予感がしていた」と後に明らかにした。その予感は的中し、8回表に鳥取城北はワンアウト満塁から3連続タイムリーヒットで4点をたたき出して逆転に成功。その裏、明徳義塾はノーアウト一塁から、この試合で31人目の打者となった新澤がチーム初安打を放つと、相手のエラーと7番の米崎薫暉(現・近畿大)のセンター前への適時打で2点を返して1点差とした。劣勢の展開のなか、最後の土俵際で見事にうっちゃり、明徳義塾の底力を見せつけた。

 交流戦の開催、その後鳥取城北と対戦することが決まってから、明徳義塾はある練習を行っていた。相手の左腕エースの阪上対策である。打撃練習では2週間ほど左腕投手を打ち続け事前の準備に余念がなかった。だが、蓋を開けてみれば阪上ではなく、背番号10をつけた2番手投手の松村がマウンドに上がった。馬淵にしてみれば、内心「見誤った」と思ったはずだ。