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「20階から警備局員が必死の形相で…」元首相銃撃事件という“警察庁のいちばん長い日”

霞が関コンフィデンシャル

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日本を動かすエリートたちの街・霞が関から、官僚の人事情報をいち早くお届けする名物コラム「霞が関コンフィデンシャル」。月刊「文藝春秋」2022年9月号より一部を公開します。

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「すでに辞表を書いたのではないか」

 安倍晋三元首相の銃撃事件が起きた7月8日。警察庁が入る霞が関の中央合同庁舎2号館の19階フロアは騒然となった。

 警備局、刑事局の中堅幹部が長官室に駆け込んでは報告を繰り返す。居合わせた職員によると、「20階から警備局員、17階からは刑事局員が必死の形相で階段を上り下りしていた」「首相官邸に出向している職員から電話がひっきりなしにかかってきた」。

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 元首相の警備に問題があったことは明らかだ。露木康浩次長(昭和61年、警察庁入庁)をトップにすえた検証チームは、事件の警護・警備の問題点を洗い出し、検証結果を8月中に公表する。

安倍元首相の銃撃事件で霞が関も騒然となった ©共同通信社

 奈良県警の鬼塚友章本部長(平成7年)は更迭される見通しだ。入庁以来、公安・警備畑を歩んできた鬼塚氏は、内閣情報調査室に勤務した時に情報官だった北村滋氏(昭和55年)に引き立てられ、北村氏が国家安全保障局長に抜擢されると同局へ転じた。

 キャリア警察官僚では珍しい九大出身。真面目で責任感が強く、庁内で「すでに辞表を書いたのではないか」と心中を察する声も出ている。

 そして中村格長官(61年)の辞任も不可避だ。検証チームの結果公表を受け、中村氏は責任をとる形で辞任するとみられる。

 中村氏は、民主党政権から安倍政権まで5年半、官房長官秘書官を務めた。特に、菅義偉氏の信頼が厚く、政権の不祥事の芽をいち早く察知して摘み取る「官邸ポリス」の象徴的存在だった。上昇志向や政治家への食い込みでアクの強い印象があるが、私生活では妻の観劇に付き合うなど、家族思いの一面もある。

 また都道府県警本部長を経験しておらず、時に「現場を知らない」と批判されたこともあった。だが、現場警察官への心配りは忘れない。それもそのはず、中村氏の父親は福岡県警のたたき上げの刑事。休み返上で汚職・詐欺の犯人を追いかける父の背中を目にして育った。同僚との酒席では「警察を就職先として誇れる組織にしたい」と熱弁をふるい、官僚人生をかけて取り組んだ課題の一つが、警察官の待遇向上だった。