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すべては勝つための「リード」

 思えば以前、森はインタビューでこんなことも話していた。

「フォアボールのあとちょっと強めに返したんですよ。『気合いを入れろ』と。で、次いいボールが来るかなと思ったら抜けたので、これはアカンと思ってマウンドに行きました」

 返球ひとつにも想いを込め、気付きを促す。コミュニケーションにおいても濃淡をつけ、相手が感じるのを信じて待つ。のち、叱る。

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 さらに言えば、相手を(仲間を)一歩引いた視点で見られれば視野は広くなり、グラウンド上の変化に気付けるようになる。盗塁阻止率が.375(8月20日現在)と、、昨シーズンの.274に比べて格段によくなっているのもそのためだろう。

 配球だけがリードではない。投手の能力、性格を見て、いかに能力を引き出せるかを考える。そのことがさらに自分のレベルを上げていく。

 次元は違うが、我々の仕事でもそうだろう。正しいことを言うだけが正解ではない。本気で人を、組織を動かしたかったら、チームで勝ちたかったら、いかに相手に、仲間に動いてもらえるかを考える。それが賢さであり、ある意味では組織の上に立つ者の役割だ。日頃のコミュニケーションは、ただ仲良くすることが目的なのではなく、言いにくいことを伝える場面でこそ発揮される。褒めることも叱ることも、ときにふざけあうことも、すべては勝つためなのだ。

ヤンチャな後輩から、素晴らしい上司へ

 捕手の仕事の多さには果てしなさを感じるが、一つひとつに向き合い、野球人として成長する姿を、今我々は森友哉に見せてもらっている。それも、ものすごく高いレベルで。こんなワクワクすることが他にあるだろうか。

 兄やんが「投手の防御率がいいのは森の愛情のおかげだよ」とにこやかに話すのを聴き、今までヤンチャな後輩キャラだと思っていた選手が、素晴らしい上司のようにすら感じられた。それもこれも、あのひとつのケガからなのだから、どこにきっかけがあるかは人生、分からないものだ。

 辻監督は森が骨折した際、「治ったときに、あいつ自身が野球観をしっかり変えて、チームのために泥だらけになってやってくれることを望む」と話した。森にとってあの離脱は失敗のひとつだっただろうが、まさに転んでもただでは起きぬ。あんな失敗だったからこそ否が応でも考え、成長しなければいけなかった。強く賢くなって、這い上がってくるしかなかったのかもしれない。

 扇の要・森友哉の成長が、チームを成熟させつつある。だから、今年の強さは連覇を果たした2018、2019年のそれではない。「山賊」などと形容された勢いだけのチームではないのだ。

 千尋の谷から這い上がった獅子は強い。頂を極める準備を、昂然としたたかに整えている。

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