時代を予見する“過酷な社会(ハーシュソサエティ)”の推理
暴行を受けたデザイナーは、目と指と舌を失っていた。彼はなぜそこまで酷い目に遭わねばならなかったのか?(「見ざる、書かざる、言わざる」)
いじめ首謀者の中学生がナイフで胸を刺されて殺害される。驚くべき犯人の動機とは?(「レミングの群れ」)
頻発する不可解な事件。どこか歪んだ、過剰な緊張感――。本書の舞台は、犯罪の厳罰化を求める市民感情を反映して「人ひとり殺したら死刑」と死刑基準が改められた架空の日本。いわば“特殊設定”ミステリーだ。
「当初、社会的テーマを描こうという意図はなかったんです。むしろゲーム性を重視し、“ひとり殺すと死刑”とあらかじめ約束されている社会を前提にしたら、どんなミステリーが作れるだろうかと、思考実験的な感覚でアイデアを練りました」
収められた五作のうち、最初の一作が書かれたのは十一年前。しかし四作目を書き終えたところで、貫井さんは七年の長い沈黙に入る。
「ゲーム的な部分だけでは物足りない気持ちになってきて……。書いているうちに、僕らをとりまく社会がしだいに感情的になり、不寛容になり、架空の思考実験だったはずの物語設定に、現実のほうが追いついてきたという感覚もありました。死刑を扱う以上、正面からテーマに向き合う一作を書かないと、“答えの欠けた本”になるような気がしたんです」
ところが死刑をどう捉えるか、考えても自身のスタンスが定まらない。貫井さんは、死刑に関する本が刊行されるたび目を通し、試行錯誤を続けた。
背中を押してくれたのは、本書の掉尾を飾る表題作「紙の梟」の主人公、笠間だったという。
ある日突然、恋人を殺された笠間。悲嘆に暮れる笠間が警察で聞かされたのは、恋人が名前を偽り、過去を隠して生きてきた事実――。
「『死刑は是か非か』を議論しても、互いの理屈はわかるけど、感情面で納得できないという人が多いと思うんです。僕自身、この納得感を得られず悩んでいたのですが、笠間が死刑について考え、行動する場面を描いているうちに、しだいに彼に説得されたというか、逆に教えられたというか、『そうか』と腑に落ちる瞬間があった。そこからプロットも固まり、最後まで一気に書き進めることができました。
最初の四作が問いかけだとすれば、七年をへて書いた『紙の梟』はそれに対する答えになっていると思います。三十年近いキャリアのうち、十一年を費やして書いた小説ですから、形にできてホッとしています(笑)」
ぬくいとくろう 1968年生まれ。93年『慟哭』でデビュー。2010年『乱反射』で日本推理作家協会賞、『後悔と真実の色』で山本周五郎賞。近著に『邯鄲の島遥かなり』。
貫井徳郎さんのインタビュー音声がこちらから聴けます