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「見てごらん? 駒田の足だよ」僕が個性的なベイスターズにハマった運命の瞬間

文春野球コラム ペナントレース2022

 お笑いライブが終わり、いつものように急いで野球速報を開くと「横浜スタジアム17連勝」(8月21日時点)という嘘みたいな文言が目に飛び込んできた。無くなるほど目を擦ってみたがこれはどうやら現実らしい。(多分ベイスターズファン全員やってる)

 僕はファン歴28年、そして芸歴11年の間ネタをメインでやりつつ、ベイスターズ好きを公言して活動してきた芸人だ。芸歴5年目の時に初めてベイスターズ関連の仕事を貰った時は嬉しすぎて大粒の涎を垂らしたのを覚えている。(そこでベイスターズファン芸人の大師匠ダーリンハニーの吉川さんにファン芸人としての姿勢も学ばせて頂いた)

 その時に誓ったのは「ベイスターズが優勝する前にはキングオブコントで優勝する!」だったが今年はないと思っていた、ベイスターズに先を越される可能性が出てきた。「よし、悔しいけどベイスターズが頑張ってるから自分も頑張らなきゃ!」と思った……のも束の間、こういう感情をくれるチームになったんだという感動が胸に押し寄せてきた。

盛田幸妃選手のユニホームを着る筆者 ©さんだる・宗洸志

この世界では「こまだ」を好きにならなくては生きていけないんだ

「駒田の足だよ」

 当時5歳の僕がベイスターズファンになったきっかけの言葉だ。当時の僕は両親の仕事の関係で東京から横浜の磯子区に引っ越し、地元の幼稚園に通うことになったばかりだった。初めての場所、初めてのお友達を目の当たりにして緊張しながらもみんなと仲良くしたいと純粋に思っていた。自己紹介もほどほどに、先生に席へと案内されてそこに座った。4人用の大きなテーブルに2人ずつ向かい合って座る、いわゆる教室の「班」の形の席だ。そして僕の目の前に座っていたのが、たっくんという男の子だった。育ちの良さそうな顔立ちと、お友達への振る舞いからすぐこの子がこの月組さんのボスだと感じたのを覚えている。

 そしてその2時間後、僕の人生を大きく変える瞬間が訪れた。先生がお歌の見本を歌ってくれている時だ。たっくんがいたずらっぽく僕に視線を送ってきたのだ。僕がそれに気付くと唐突に「こうちゃん、机の下見てごらん?」と笑顔で話しかけてきたのだ。ボスに早速話しかけられて嬉しくなった僕はすぐにワクワクしながら机の下を覗いた。すると……たっくんが恐ろしい勢いで内股にしているではないか。誰にも気付かれないように、僕にだけ全力の内股を見せている。

 意味の分からない僕はすぐに顔を上げ、たっくんに説明を求める視線を送ると、たっくんは「駒田の足だよ」と言った。衝撃が走った。「こまだ」という存在は何かは分からなかったが、この世界では(その当時の僕にとっては)「こまだ」を好きにならなくては生きていけないんだとすぐに理解した。だってクラスのボスが僕にだけ特別に駒田の内股を見せてくれたのだから。

駒田徳広 ©文藝春秋

 その日から僕はそれまで着ていたライオンズ秋山のパジャマを捨て、一生懸命tvkのベイスターズナイターを見始め、お歌の練習の時は一生懸命駒田の足をしていた。(ちなみにたっくんのことを好きな女の子も一生懸命駒田の足をしていた)どう考えても駒田のプレイスタイルは子供ウケするようなものではなかったと思う。変な打ち方だし、足が遅かったし。

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