第二次大戦下で3000万人以上の犠牲者を出した「人類史上最悪の戦争」に、ソ連から100万人を超える女性が従軍していた――『戦争は女の顔をしていない』は、独ソ戦に参加した女性たちの証言をあつめたノンフィクションだ。
2015年に作者のスヴェトラーナ・アレクシエーヴィチがノーベル文学賞を受賞。日本では2019年から「Comic Walker」でコミカライズ連載が始まり、大きな話題を呼んだ。
さらに今年2月にはロシアによるウクライナ侵攻が始まり、本作への注目が高まり続けているという。漫画版の担当編集者・荻野謙太郎さんに話を聞いた。
「たとえば漫画版の第1話の舞台はキーウで、ドイツ軍による空爆を受ける場面から始まります。主人公の女性が右往左往していると、スペインから来た子供たちが孤児院の庭に塹壕を掘り始める。連載を開始した3年前と現在では、この場面から得られる情報量や迫りくるリアリティがまったく違うはずです。ウクライナ侵攻の惨状を報じるニュースに触れるなかで耳にした土地の名前もたくさん出てきます。同じ場所で争いが起きているいまこそ、多くの方に読んでいただきたいです」
頭蓋骨が折れる音が「嬉しかった」
本書には、洗濯部隊、軍医、狙撃兵、衛生兵などさまざまな立場で従軍した女性たちが登場し、それぞれが体験した「戦争」を回顧する。
特に印象深いのは、漫画版の第8話(2巻に収録)に登場する、老婦人による回想だ。ドイツ軍の死体がいたるところに転がるスターリングラード近郊で、彼女は御者として馬車をあやつり、砲弾を積んだ箱を運搬していた。そのとき車輪の下から聞こえてきたのは、ドイツ兵の死体の頭蓋骨が折れる音。そんな残酷な出来事を、人のよさそうな老婦人が「嬉しかったわ」と誇らしげに述懐する様子が描かれる。
「原作の根底にあるのはもちろん反戦平和の祈りですが、だからといって本書には戦争を忌み嫌う人の証言だけが収録されているわけではありません。アレクシエーヴィチの取材を受けた女性のなかには、戦争は自らの青春だと美化して語る人、憎きナチスドイツに勝利した快感を語る人もいます。それも含めて500人以上の女性の“素直な主観”を集め、トータルとして戦争の悲惨さを浮かび上がらせる手法にはやはり凄味があります。原作に向き合えば向き合うほど、その偉大さを感じますね」(同前)