誰にも見せない“裏側”での努力
片方の耳が聞こえないのはどういう“世界”なのか、想像し難い人も多いかもしれない。
音がどの方向からきているのかわからないので、不意に声を掛けられても、だれからなのか瞬時に判断できない。よく「呼んでないよ」と言われ、白い目を向けられることもある。
聞こえない側の耳から話しかけられた時には、気づけないことの方が多い。なかなか不便である。会話をする際には、常に相手に聞こえる方の耳を向け、聞くことに集中力を使うこともしばしばあるくらいだ。
山田が過去のインタビュー記事で答えていた。時には無視していると勘違いされ、あらぬ誤解を与えてしまうこともあった、と。普通にコミュニケーションを取れないことは、お互いのストレスにもつながり、いろんな面で不便さを感じるものだ。
ましてや仕事となれば、心身にかかる負荷は、その重要度に比例して大きくなる。
私は現在、テレビで生放送の番組を担当している。放送される映像を見ながら、出演者が話す内容と飛び交うスタッフの指示を聞き漏らさないよう、放送終了までの約1時間、聞くことに意識を集中する。放送後には、ぐったりしていることがほとんどだ。
かたや、山田にかかるプレッシャーを想像する。彼が身を置くプロ野球は、日本球界でトップに位置づけられる世界だ。常に求められるプレーの質は高く、試合中の緊張度は計り知れない。
4年前、初ヒット&初ホームランを放った時の囲み取材にペン記者として参加する機会があった。難聴の質問に対し、自身の後方へのフライを捕る際にはボールから目を切り、外野手の口の動きを見て捕球の判断をしていると話していた。
普通に両耳が聞こえる人でも、同時にいろんなことをやるとなったら何かを見落としたり、抜け落ちたりするなどしてミスをすることはあるだろう。
プロ野球の世界ではその一つのミスが命取りになる。チームの敗戦だけでなく、自分や相手をケガさせてしまう危険性もはらんでいる。そうした失敗を犯さないように日々、様々な工夫と準備をして山田はあの場所に立っている。華やかな場所に立つまでに裏側で重ねている努力を想像すると、本当に頭が下がる思いだ。
「負けてたまっか」に込める意志
「自分はどうせ普通の人のようにはできない。他の人に迷惑をかけてしまう」
自分が抱えるいろんなことを理由に、夢や好きなことを諦める人は、世の中に数えきれないほどいるだろう。
しかし山田は右耳の難聴というハンディをわかった上で、自分自身の可能性を真っすぐに信じた。
「上手くなりたい」いう純粋な思いで、高校時代はただひたすらにバットを振り続けた。2016年にNHKで放送された「ろうを生きる 難聴を生きる」という番組でそう紹介されている。「負けてたまっか」と刺繍されたグローブからは、あらゆる困難を乗り越えようという彼の強い意志が感じられた。
ひたむきに取り組んできた結果、プロ入りまでたどりつき、今、一軍ベンチ入りを果たしている。
努力を惜しまず、前だけを向いて真っ直ぐに。そんな彼が真剣に考えて、全力で行うパフォーマンスだからこそ、多くの人を惹きつけるのだろう。
憧れの舞台でプロ初ホームランを放ったのが4年前。そのときベンチ前で見せた「熱男」ポーズが、山田のキャラクターを決定づけた。
その後、ライオンズにちなんで「獅子男」ポーズと呼ばれるようになり、山田の代名詞となった。ただしプロ入り第1号を最後に、一軍公式戦ではいまだホームランを打っていない。せっかくできた「獅子男」ポーズを、スポットライトの当たる舞台で披露できていないのだ。
4年前と比べて、リニューアルされたベルーナドームのビジョン画面はだいぶ大きくなった。華やかになった画面を通じ、獅子男ポーズが披露される日を多くのファンが待っている。
そんな山田が、きのう一軍登録抹消となった。今季2回目のことである。
1回目は7月2日。抹消中、ライオンズの2軍は独立リーグのBC福島、茨城、栃木との3連戦が、相手のホーム球場で組まれていた。
私はそのうち、福島と茨城の試合を現地で取材していたが、一軍の試合と変わらず、声を出し全力でプレーする山田の姿がそこにあったことを思い出した。
これを書いている段階で、抹消理由は不明だが、1回目の抹消は10日で一軍に帰ってきた。
優勝争いが佳境を迎える最中の抹消に、悔しい気持ちを抱えているかもしれない。でも、おそらくは「負けてたまっか」と、心を熱く燃やしているはず。
選手を観察することを就任時から欠かすことのない辻監督が、ここまで山田を一軍に置いていたのは、「劇団獅子」のためだけであるはずはない。
あのコミカルなパフォーマンスに監督自ら参加しているのは、選手として山田を信頼している証だったと私は思っている。
この先、パ・リーグ優勝争いは、最後まで続くだろう。
山田の再登録は最短で9月9日。その時点でライオンズはまだ、14試合を残している。
勝負どころはまだ先。そのときこそ、とにかく明るい山田の力が必要になるはず。だから、「これからも頑張れ遥楓」。
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