人口が極端に減少した未来の地球で、人類が先進的な科学技術を駆使して再生をはかる物語と聞けば、ハリウッド映画ばりの派手なSFかと思うかもしれない。しかし読み出せば、さすがこれまでも人ならざるものとの恋物語などを得意としてきたこの著者らしく、詩的で幻想的な世界がそこには広がる。ただしテーマはあくまでアクチュアルだ。
冒頭の章で、ヒトは、カンガルーやネズミ由来の細胞で工場製造されている。同時に女たちは、自然出産した数十人の子を共同的に育てる。いずれにせよ寿命は極端に短い。どうやらこの世界では人間は、種の多様性を担保するために、光合成での生命維持を可能にした集団、十数人しかいない男とかわるがわる交わる無数の女たちの集団など、いくつものグループに分かれて暮らしているらしい。自由な移動は制限され、国や家族の概念も消滅した。
近親間での有性生殖にはリスクもあり、いわゆる近親相姦は管理されるが、ルールや合理的判断を越えて本能が導くように、彼らもまた「恋」をする。ディストピアな未来史が、そのまま太古の神話の世界にたゆたうような読み心地へと反転するのは、人が連綿とつないできた原始的な営みが描かれるが故である。
本能という点でもうひとつポイントとなるのが、排除の法則だ。心理学者スティーブン・ピンカーは、人間は本質的に暴力性を持つというが、この世界でも人類存続の最大の敵は、じつは人である。自分と異なるものは排除したいという本能に忠実に行動すれば、殺戮や迫害は避けられない。しかしそれを回避する手立てはないのだろうか。ある者は未来に賭けるようにこういう。
〈そうだな、百年後か、二百年後くらいに、また会えるといいな。それまで、達者でな〉
この世界は、なかなか全体像を顕わしてはくれない。霧のなかを進むように、手探りで状況をつかんでいく独特の体験を、読者は強いられる。「見守り」と呼ばれるものは何か。「大きな母」とは何か。やがて見えてくるのは、地球上の生態系で、人間は本当に最上位なのかという問いかけである。
私たちが地面の小さな昆虫を観察し、ときに理由なく踏みつぶしたりするように、人間にもより大きな存在がいるとしたならば。宇宙規模の壮大な物語が、一気に手のひらに乗るような箱庭のサイズ感にまで変わってしまうような驚きの仕掛けが、本書にはある。
川上弘美流の「新しい神話」の世界。太古の、あるいは千年後の人類の姿を、私たちは体感するだろう。
かわかみひろみ/1958年東京都生まれ。96年「蛇を踏む」で芥川賞受賞。2001年『センセイの鞄』で谷崎潤一郎賞受賞。07年『真鶴』で芸術選奨文部科学大臣賞受賞。15年『水声』で読売文学賞受賞。『神様』『溺レる』『七夜物語』など著書多数。
えなみあみこ/1975年大阪府生まれ。書評家。近畿大学、京都造形芸術大学非常勤講師。近刊に『きっとあなたは、あの本が好き。』等。