近年、地球上では気候の急激な変化が起きている。暑いところは余計暑くなり、寒いところはそれに輪をかけて昇温している。おかげでシベリアの溶けた永久凍土からは太古のウイルスが蘇り、グリーンランドの氷床からは閉じ込められていた米軍基地が姿を現した。
ここでは、NHK WORLD-JAPAN 気象アンカーで気象予報士の森さやか氏が、異常気象やその背景に焦点を当てた著書『お天気ハンター、異常気象を追う』(文春新書)から一部を抜粋。日本の夏が猛烈な暑さを記録する理由と、温暖化が進んだ先にある“日本の未来”について紹介する。(全2回の1回目/2回目に続く)
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夏の暑さが世界でもとりわけ厳しい日本
2021年の東京オリンピックは、日本の夏の暑さが世界でもとりわけ厳しいことを露呈する大会となった。太平洋高気圧のもたらす猛烈な湿気には、一流選手もお手上げだった。温暖化が進めば、暑さはさらに過激になって、猛暑日どころか、40℃超えの“激暑日”が普通になるかもしれない。
2021年の夏、東京五輪の取材に訪れたアメリカ人記者の目には、日本の夏がこう映ったようである。「モダンで、フレンドリーで、美しくて、清潔である。信じられないくらい素晴らしい都市だ。この時期を除けば」。
東京の夏は「晴れて、穏やかで、アスリートが実力を発揮できる、最適な天候」と、盛り気味にアピールしてみたものの、ふたを開けてみれば、トライアスロン選手が路上で倒れ、テニス世界王者も悲鳴を上げるなど、オリンピック史上最悪の炎暑となってしまった。
アメリカ気象局が用いる体感温度の指標「ヒートインデックス」を使って、この暑さを数値で見直してみると、五輪期間中に東京で観測された気温34.8℃、湿度55%の状況は、体感温度43℃に相当していたことになる。このレベルは、熱けいれんや熱疲労の危険が高く、長い間太陽の下で運動をすれば熱中症が起こるとされている。どうりで一流アスリートも音を上げるわけである。
さすがに、マラソンと競歩だけは、札幌での“避暑地”開催が許された。札幌は東京から北に800キロ、夏の日中の気温は東京よりも5、6℃低い。ところがオリンピックが始まると、札幌の方が東京よりも暑いという想定外の事態が起きてしまった。間の悪いことに、2021年の夏は北海道を記録的な熱波が襲ったのである。小平町(おびらちょう)という、かつて炭田で栄えた小さな町では、気温が38.7℃まで上がって、北海道内の8月の観測史上最高気温を塗り替えた。
また札幌は18日間連続で気温が30℃を上回り、1879年の統計開始以来もっとも長い真夏日連続記録となった。予想外の暑さに青ざめた大会関係者は、朝7時に予定されていた女子マラソンのスタート時間を、急遽(きゅうきょ)競技前日の夜に1時間前倒しにすると発表したほどである。
その夏は、太平洋高気圧がいつもより北に張り出し、連日晴天が続いて熱が毎日積み重なったうえ、近年の温度上昇やヒートアイランド現象などの影響が加わったとみられる。札幌の年平均気温は、過去100年間で2℃も上昇している。