近年、地球上では気候の急激な変化が起きている。暑いところは余計暑くなり、寒いところはそれに輪をかけて昇温している。おかげでシベリアの溶けた永久凍土からは太古のウイルスが蘇り、グリーンランドの氷床からは閉じ込められていた米軍基地が姿を現した。

 ここでは、NHK WORLD-JAPAN 気象アンカーで気象予報士の森さやか氏が、異常気象やその背景に焦点を当てた著書『お天気ハンター、異常気象を追』(文春新書)から一部を抜粋。地球温暖化が人間に与える“5つの意外なリスク”について紹介する。(全2回の2回目/1回目から続く

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温暖化が思いがけない事態を引き起こす可能性

 温暖化によって影響を受けるのは、万物の霊長である人間も同じである。では一体、気候の変化はどのようにヒトを変えるというのだろうか。

 天気が引き金になって、思わぬ話へと展開することがある。

 たとえば「風が吹けば、桶屋が儲(もう)かる」ということわざがある。大風が吹いて、砂が巻き上がり、人の目に入って、目の悪い人が増える。すると三味線弾きが増えて、三味線が売れる。三味線の胴の部分に皮が使われる猫が捕まり、ネズミが増えて、桶をかじられ、桶屋が儲かる。単純な出来事が連なれば、どうにも複雑に見えてくる。

 1978年のアメリカでは、次のような格言が新たに誕生しそうな珍事が起きた。「大雪積もれば、助産師が秋の休暇を申し出る」。

 その年の2月、アメリカ北東部を空前絶後の暴風雪が襲った。「ノーイースター」と呼ばれる急速に発達した低気圧の出現で、ハリケーン並みの暴風を伴った大雪となり、たとえばボストンでは観測史上最大となる70センチの雪が降るなどした。死者は100人以上、けが人は4500人にも及んだ。このとき大規模な停電が発生し、人々は凍える寒さの中で、暖房も明かりもない不自由な生活を強いられた。

 それから1年も経たないうちに、産科は大わらわとなった。11月中旬に突如ベビーブームがやってきて、医師も助産師も寝る暇もないほど大忙しとなったのである。日をさかのぼってみると、あの大停電からちょうどトツキトオカ。

 つまり停電と大雪で外に出られないステイホーム中の男女が、みな同じ方法で暖を取っていたということである。この時生まれた赤ん坊は「ブリザード・ベイビー」というあだ名がついた。分娩のピークは11月末には去ったが、事前にそれを見越していた助産師たちは、前もって秋に休みを申請していたという話である。

 このように、とある天気が社会や個人の心理を変化させ、思わぬ話に発展することがある。では、温暖化も思いがけない事態を引き起こすだろうか。