2021年(1月~12月)、文春オンラインで反響の大きかった記事ベスト5を発表します。ビジネス部門の第1位は、こちら!(初公開日 2021年11月2日)。
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ホテルを利用すると、グレードの高いホテルほどエントランスからフロントまで従業員たちが、丁寧ににこやかに声をかけてくる。
「おつかれさまです。お泊りでいらっしゃいますか」
「お荷物お持ちいたしましょう」
こうしたちょっとした心遣いや気配りは、旅や出張で疲れた客をほっとさせ、癒してくれる。そして、その都度のきめ細やかな対応が次、泊まるときもこのホテルにしよう、と決める誘因にもなっている。
だが、ホテルとて、もちろん「経営」であるからには儲けなければならない。なんでもかんでも客が喜ぶことばかりをしているわけにもいかない。またときには延々とクレームをつけてくる客の罵声にも耐えなければならない。なかなか神経が疲れる職業だ。
人を褒めるのがだいすきな支配人
私の知り合いのあるホテル支配人の話。この支配人は、以前、大手の有名ホテルに勤めていたが、現役を退いたことを知り、私が勤めていたホテルにお迎えした方だ。ホテル運営はさすがに敏腕。運営を任せた地方のシティホテルはぐんぐん業績を上げた。社内での評価もうなぎのぼりだ。
ある日の昼下がり。出張でやってきた私はホテルのロビーで彼と立ち話をしていた。話もはずみ、お互いに冗談を言い合っていた矢先、突然彼は
「牧野さん、ちょっと失礼」
と言うなり、私の後方から歩いてきたご婦人に走り寄り、いつも以上に甲高いトーンで声をかけた。
「ま~っ、奥様! いつもきれいなお召しもので。今日はまた一段とお美しくていらっしゃいますこと」
歯が浮くようなセリフとはこのことだ。続けて
「奥様がいらっしゃると当ホテルも輝きが増しますこと。誠に光栄の極みです」
彼はホテルのレストランにお送りするまで美辞麗句を並べまくった。そして素知らぬ顔で私のところに戻ってくるや
「牧野さん。私は人を褒めるのが趣味と言ってもいいですね。もう楽しくて楽しくて」