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 92年から08年までこの治療を手がけた国立がん研究センター先端医療開発センター長の大津敦医師は、食道がんになったら、やはり自分がしてきた治療を受けると話す。ただし、「手術を絶対に受けたくないわけではない」とも言う。

「化学放射線療法の弱点は、局所再発率が高いことです。しかし、当院はこの治療の経験が豊富なので、再発しても内視鏡やレーザーで治したり、追加手術を受けたりすることができます。わたしは治療を熟知しているので、ここでなら化学放射線療法を受けますが、経験が少ない病院なら手術を受けるかもしれません。ただし、術前に化学療法をすることが必要です」

 化学放射線療法は手術に比べて負担が少ないと思うかもしれないが、決して楽な治療ではない。放射線の影響で食道が硬くなるので、再発した場合、追加手術のリスクが高くなる難点もある。それに、隣接する心臓や肺に過剰に放射線があたると、後で障害が出ることもある。放射線障害を抑えるため、腫瘍だけにピンポイントに放射線をあてる工夫も専門病院ではされているが、メリット・デメリットをよく理解して、治療を受けるべきだろう。

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 胃がんに比べ、食道がんの抗がん剤治療はここ10年、進歩が停滞している。その理由は胃がんなどに比べ患者数が少なく、製薬会社が研究費を投入しにくいことが背景にあると指摘されている。そんな中、大津医師は、こんな経験をした。

「10年ほど前に化学放射線療法をしたものの、5、6年後に肺転移した60歳代の女性患者さんがいました。いくつかの薬物療法をしましたが、もう使える薬がなく、その患者さんは他の治療を求めて去っていきました。てっきり亡くなっていると思い込んでいたところ、3、4年前に、久しぶりに当院を受診されました。なんでも、別の民間病院でハーセプチンを使ってみたところ、劇的に効いたというのです」

 ハーセプチンは、食道がんには保険適用となっていないので、その場合、高額な医療費を全額負担する必要がある。食道がんでHER2陽性の患者はわずかだが、陽性なら効く望みがあるのだ。大津医師が言う。

「わたしは薬物療法の専門医としてプライドを傷つけられる思いでした。こうした治療こそ、国立がん研究センターでおこなうべきだと思います。遺伝子変異を調べて、一人ひとりに合った、効果の期待できる薬を使える態勢づくりを、院内で進めているところです」

所属は2016年6月現在

■理想の治療のための5つのポイント
(1)大量の飲酒・喫煙をする人や、コップ1杯の酒で顔が赤くなる人は、定期的に内視鏡検査を (2)粘膜にとどまる早期がんはESDで食道を温存。ただし外科のバックアップが必要
(3)胸腔鏡や腹腔鏡の手術は、症例数の多い定評ある病院で
(4)開胸、胸腔鏡にかかわらず、リンパ節を十分に取り切る精密な手術を
(5)食道温存には化学放射線療法の選択肢もあるが、リスクも理解して受けること