タヌキの魅力にどっぷりハマってしまった動物生態学者の佐伯緑氏が著した『What is Tanuki?』(東京大学出版会)には、タヌキ学の最先端の知見が詰まっている。
本格的な研究書ゆえいささか込み入った議論、詳細なデータについての論述も少なくないが、本書を特徴づけるのは、佐伯氏のタヌキへの深い理解と溢れんばかりの愛。
タヌキの全てを知ろうとする氏は、時にタヌキを徹底的に追いかける。研究室で椅子にふんぞり返っていては決して覗けない、ある野生のタヌキの家族の物語は迫真のルポルタージュのよう。一部を抜粋して紹介する。
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あるタヌキの波乱万丈
千葉県睦沢町での調査では、23頭捕獲したうち体重2キログラム台の亜成獣を除き、21頭に発信器をつけて追いかけた。そのなかでも長期間追うことができた信綱の狸生に触れてみよう。
彼が恋をして、姉さん女房のエコーとの間に子どもが生まれた。彼らは、県道沿いの庭にある古い崩れかけた納屋の床下に巣穴を構えていた。エコーが1度もその巣穴から出なかった5月2日に出産したらしく、その翌日を境に彼女が巣穴を出ている間、信綱が子守りをしているようになった。
それまではほぼ毎夜一緒に行動していたのだ。先に食事に出るのは必ずエコーで、けっこう長時間帰ってこない。母は妊娠・出産から授乳という重責があり、食事は大事である。信綱は、エコーが帰宅してから外に出るが、わりと近場ですませ、すぐに戻る。
路上を横断して一時帰宅しようとしたら…
5月2日から6月18日までの巣穴の滞在時間を解析したところ、信綱が有意に長く滞在していた。ある昼間に、受信器とアンテナを持って、そうっと巣穴のある庭に入ってみたことがある。エコーは庭の茂みで寝ていたが、信綱は巣穴で子どもたちといるようだった。
ヨーロッパのタヌキ研究の第一人者、フィンランド自然資源研究所のカリーナ・カウハラ氏らは、5組のウスリータヌキ夫婦を追いかけた結果、出産後はやはりオスが巣穴に長くいて、メスが採食に出ている間に子守りをしているという結果を得ている(Kauhala et al. 1998a)。