一夫一妻であり行動も年中ともにすることによる父性の高い確実性が、その育児行動に繫がるといったら、信綱に失礼だろうか。一般的にタヌキのオスについて、遠い血縁または異種の養子を受け入れるか、育児期間のオキシトシンのレベルは高いか、いろいろ調べてみたいことはある。
20時前、1本の電話が
その後、住み慣れた行動圏で過ごした信綱は、2度目の早春に突然移動し始める。3月12日18時18分、家庭を持っていた例の巣穴から出てきた。そして19時前、一宮川にかかる県道85号の橋を渡り、そのまま川沿いに進んだ。
左岸に彼がくるのを初めて確認したが、その雷雨の夜に、多くの車が疾走していく国道128号線のすぐ際まできてしまった。13日から14日にかけても川沿いの藪と国道近辺を行き来していた。そして20時前、1本の電話があった。
長南町の広報誌で私の記事を読んでいた人からで、発信器をつけたタヌキが撥はねられるのを目撃し、発信器のアンテナを持って捕まえようとしたが逃げていったという。そして再び撥ねられたそうだ。私はすぐに現場に向かった。
深い笹藪のなかに信綱を発見
20時20分、受信器からアンテナを外しても受信できるところまで近づき、再びアンテナをつけて方向を精密に出してから藪に踏み込み、ヘッドランプで足元を照らして進んだ。うずくまった灰色の背中が足元の明かりに入った。とっさに抱えようと手を伸ばしたその刹那、彼は走り去った。
目撃者の話では、信綱は口から血を流していたという。翌早朝には、国道の、昨夜とは反対側の深い笹藪のなかにいた。私では分速2メートルでしか進めないほど密集している藪を、かき分けてはまた外に出て、アンテナを回して位置を確認するのを2、3回繰り返して、これでは彼にストレスを与えるだけだと途方に暮れる。
挟み撃ちしかないかと、7時になるのを待ってから長生村在住の大学生(当時東京外語大学モンゴル語学科)の大橋君に電話をした。幸い、すぐに出てくれるとのことで近くの駅で彼を拾った。