車に衝突されたのに「自賠責保険すら下りない」
「2016年12月8日朝のことでした。高齢男性が車を停めてアクリル板の荷下ろし作業をしていたら、後方から来た車にぶつかって後遺障害を負ってしまった。
私のところに相談が来たのが2017年7月ごろ。男性は自ら転んで相手方の車の後部に突っ込んだことになっており、相手方の自賠責保険すら下りていない状況でした」
熊谷氏に相談したのは納得のいかない男性の家族。保険会社側が主張したのは、「男性は重く大きいアクリル板を持っていたこともあり、バランスを崩して不幸にもちょうど来た車にぶつかった」という“ストーリー”だった。熊谷氏は、事故当時に作成した警察の実況見分調書に目を通した。
「男性が相手方の車の後部にぶつかったのは事実です。しかし保険会社側は“もうひとつの事実”を見過ごそうとしていた。
事故当時に実況見分した警察は、車の前方、フロントバンパーについた傷の写真を残していたんです。私はここに着目しました。つまり、最初にアクリル板が車の前方にあたってバランスを崩した男性が、車の後方にぶつかった事故だったのではないかと」
保険会社のストーリーを否定「有利な和解」が成立
熊谷氏は実況見分調書から、車の速度、フロントバンパーと後部の傷、変形したアクリル板、男性の負傷状況などをそれぞれ丹念に検討した。そして保険会社側の「男性が勝手に転んでたまたま来た車両とぶつかった」というストーリーを突き崩したのだ。
以下、熊谷氏が当時作成したこの事故の《意見書》より衝突状況の部分を抜粋する。
《A(具体的な車種名)が駐車車両及び男性の右側方を通過する際、同駐車車両後部荷台からアクリル板の荷下ろし作業を行っていた男性が把持していたアクリル板の下方が、Aのフロントバンパー左前部に衝突したため、『てこの原理』により駐車車両右後端部が支点となってアクリル板がシーソー板のような役割を果たしてしまい、アクリル板を把持していた男性がその動力によってA左側面後部に押し出されて衝突したと考えられる。男性の前頭部の負傷状況から、男性はA左側面後部へ押し出されて衝突する直前まで、配達商品であるアクリル板を把持していたと考えられる》
熊谷氏の鑑定を武器に、男性被害者の家族が運転手の保険会社を訴えたところ、法廷で保険会社のストーリーは否定された。保険会社側は控訴したが、2審で男性家族側に有利な和解が成立した。
「これによって支払われた保険金は数千万円です。刑事事件にはならなかったため、警察は淡々と事故の見分調書を残しているだけで、前方の傷がどういったものだったかは言及していません。ですがこうなることを見越して残していてくれたのだと思います。私自身、警察官だった経験がこういうところで生きています」