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 事故時に何があったのか。それを知るには警察が作成した実況見分調書をひもとく必要がある。

「崖の高さと落ちた距離から速度を計算すると、時速47キロくらいでした。ブレーキをかける前は時速50キロ程度だったと思われます。転落した崖になっているカーブの少し手前にもカーブがあり、相手側は『このようなところで普通は50キロも出せない』と主張していました。『こんなにスピードを出しているのは自殺するため』ということです。

 しかし現場に足を運んでみると、全体が下り坂になっていて時速50キロくらい簡単に出てしまうような道路だったんです」

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 熊谷氏は自分で車を運転して時速50キロ出している様子をビデオで撮り、「タイヤ痕はブレーキを踏まないとつかない」とした鑑定書を作成した。

 

「保険会社側の当初の鑑定人は反論してこなかったのですが、別の雇われた鑑定会社が反論してきて、1審は自殺と認定されてしまいました。判決文には、男性がうつ病を患っていたことも書かれていました。事故とは関係ないので、私には知らされていませんでしたが、これが『自殺だ』という保険会社側の主張を後押しする一因になったようです。

 ですがほかにもまだ私が知らないことも書かれていた。その記述で改めて、『自殺ではない』と確信したんです。だから悔しくて、悔しくて……」

「絶対に自殺じゃない」確信した男性の“ある行動”

 判決文に記されていたのは、男性が事故直前にとった“ある行動”についてだった。

「事故の直前にお土産を買って、奥さんに電話をしていたんです。ただ娘さんの入園式が3日後に控えていたため、奥さんは実家に滞在していて電話に出られなかった。それで、男性はメールで『お土産買ったよ。遅くなったけど、これから帰るね』って送っていたんです。うつ病だとしても、3日後に娘の入園式を控えて、これから帰るって言っている人が自殺するでしょうか」

 熊谷氏は再度、事故現場に足を運んだ。今回は「自分が自殺をするつもり」で現場を見てみようと考えたのだ。

※写真はイメージです ©iStock.com

「転落場所は崖だったのですが、道路から一見しただけではここが崖だとわからなかったんです。現場のあたりは渓谷で、現場周辺にはすごい高低差のある崖もあれば、落ちても死なないようなところもある。どの場所にどれくらいの高低差があるのかは、車で走っているだけでは判然としませんでした。しかも事故が起きたのは夜。外灯も何もないような真っ暗な場所ですから、周辺の地形なんてほとんど見えなかっただろうと思います。本当に死ぬ気なら、落ちたら確実に死ぬと分かる場所を選ぶはずですよね」