「男性の弁護士から相談を受け、大学教授の鑑定人の方とともに参加しました。分厚い事故資料を読んで、私が目をつけたのが乗客の供述。『事故の直前にガタンっていう音がした』というものがあったんです。
さらに弁護士の先生がとても熱心で、事故発生直後に横転したバスの写真を何百枚も撮っていた。車体が、すごく錆びていたんです。さらに路面にはガウジ痕という金属がドンとぶつかりえぐれた痕跡もありました。車の下部が事故前に落下してついたものでした」
「これは運転手の過失ではないな」
熊谷氏はそう確信したが、裁判は長期にわたった。裁判は2015年11月に始まったが、車体異常の有無について争点を明らかにするため、2年以上中断することもあった。
刑事事件で“奇跡の完全無罪”「見つけた警察の穴」
熊谷氏ら弁護側は、正常な車体では考えられない形で残されたタイヤ痕などから、車体の異常を立証。検察側は、自動車メーカーの職員を証人として呼ぶなど徹底的に争ったが、バス車体に異常があったことは明らかだった。起訴当初、検察側はバス車体の異常を認めていなかったが、裁判途中に「異常はあったが、操作ができないほどではなく、ただちに停車するべきだった」と起訴理由を追加するなど混迷を極めた。
そして初公判から3年4カ月後。運転手に「バスの部品破断により安定的なハンドル操作ができず、過失は無かった」として無罪判決が言い渡された。
「ただ無罪を勝ち取れることは滅多にありません。私自身これまで20件ほどの刑事事件を扱いましたが、完全に無罪になったのはこの一件のみです。捜査側に何か問題があり得るものしか仕事を受けていなくてもこの程度なので、基本的に警察は負けません。
しかし、この件では『運転手の過失であってほしい』という深層心理が警察に働いたのかもしれません。私自身も警察官だったので分かるのですが、文系人間が多い中で車体異常について捜査するには、メーカーに行って車体の調査をしたりする必要もあり大変なんです。しかも起訴後に無罪になっては一大事ですから、苦手な分野でもミスは絶対に許されない。躊躇してしまう気持ちもわからなくはありません」