「やっとスタートラインに立ったな。おめでとう」
1月は高校時代から通う岡山市内のジムで体を鍛えた。2月の春季キャンプも順調。そして、忘れられない日を迎える。
「名護で日本ハムと練習試合をしたんです。先発の笠原(祥太郎)さんが4イニングで、僕が5回から投げました。足が震えました。確か先頭バッターは左でしたが、誰だったか覚えていません。初球は真っ直ぐで、外角に引っ掛けたワンバウンドのクソボールでした。それでも大野(奨太)さんがうまくリードしてくれて無失点でした。でも、次の回に失点しました。何点かは覚えてないですね」
無我夢中のプロ初登板を振り返った。その夜、電話があった。「やっとスタートラインに立ったな。おめでとう」。「ありがとうございます。これから頑張ります」。野本スカウトとの短い会話に福島の胸は高鳴った。
課題修正にとことん付き合ったのは小笠原孝二軍投手コーチだ。実は福島にはステップする右足の着地が定まらない悪癖があった。右打者の内角へ投げる時はやや3塁側に、外角へ投げる時はやや1塁側に踏み出してしまう。そのため、福島が投げた後には2足分の穴が掘れているのだ。
「いつも同じ場所に着地するように練習しました。最初はシャドーピッチング。そこからネットスロー、キャッチボールと距離を伸ばしました。本当に小笠原コーチには感謝です」
左肩の不安が消え、課題を克服し、プロの打者との対戦経験を積んでいく2年目左腕。6月19日、7回目の先発となった佐伯球場の広島戦では確かな手応えを掴んだ。
「1回と2回のピンチを切り抜けてから、どんどん腕が振れるようになって、尻上がりに良くなりました。真っ直ぐを両コーナーに操れましたし、自分のボールさえ投げれば大丈夫と思えました。羽月(隆太郎)さんからストレートで三振を奪ったのが自信になりましたね」
この日は7回無失点で4勝目を手にした。8月6日、ナゴヤ球場の広島戦では150キロをマーク。8月13日、ほっともっとフィールド神戸のオリックス戦では153キロが出た。「1球だけなんで本当かなって思っています」と笑うが、成長の証左であることに間違いはない。
今、昇竜館には一軍で5勝の高橋宏斗やプロ初勝利を飾った上田洸太朗という同い年の投手がいる。
「もちろん、ライバル心はありますが、ここで焦ったら、また同じことを繰り返してしまいます。今は土台作りです。早く一軍で勝ちたい気持ちもありますが、それよりも将来活躍が維持できる選手になることです」
登録期限の7月31日までに支配下に戻ることはなかった。しかし、福島にブレはない。
「そこも意識はありません。今年はとにかく怪我をせずに1年間投げ抜くこと。シーズンもあと少しですが、しっかり乗り切りたいと思います」
第二の親への思いを語った。
「野本さんは僕を採ってくれた人、夢を叶えてくれた人です。裏切ることはできません。感謝を言葉で伝えることも大切ですが、プロ野球選手はプレーで恩返しをすることが一番です。必ず一軍で活躍してみせます」
親の心子知らず、ではない。スカウトは選手を愛し、選手もスカウトの思いを感じ取り、懸命に応えようとしている。喜びが倍になる日はきっと来るはずだ。
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