もともとレムニックはニューヨーカーの購読料が安すぎるという不満を抱いていた。広告収入に支えられていたとはいえ、2012年まで年間購読料は25ドル。年47回刊行なので、読者の負担は1冊あたりわずか0.5ドルほどだった。
「読者のニューヨーカーへの信頼は絶大だった。それなのにコーヒー一杯より安く売るのは、自分たちの雑誌にその程度の価値しかないと読者を教育するようなもの。道理に合わない」
購読料の大幅値上げで、広告収入と逆転
この10年、ニューヨーカーは購読料を大幅に引き上げてきた。現在部数全体の70%を占める紙の雑誌と電子版のセット契約は年169.99ドル。電子版のみの契約でも119.99ドルだ。2012年に紙の雑誌だけを購読していた読者の負担は、約5倍から7倍になっている。それでも総部数は10年で17万部ほど増加。収入に占める購読料の割合も75%に達し、広告と完全に逆転した。
成功の一つめの要因は「読者のいるところに会いに行く」戦略を徹底したことだ。とりわけ照準を合わせているのが「Z世代」と呼ばれる10代~20代前半のデジタルネイティブ世代だ。
「ノスタルジーに浸っている余裕はない」
伝統的にニューヨーカーの読者が年配世代であったことを考えると意外な気もするが、コンデナスト社最高マーケティング責任者(CMO)のディアドル・フィンドレイは「30代以上はすでにニューヨーカーブランドへのロイヤリティが高い。若い読者の支持を得なければ、雑誌は衰退する」と説明する。
今やニューヨーカーの中心は若い読者のいるところ、つまり電子版「ニューヨーカー・ドットコム」に移った。レムニックに「紙の雑誌へのノスタルジーはないのか」と問うと、「ノスタルジーに浸っている余裕はない。それでは雑誌が潰れてしまう」という答えが返ってきた。
レムニックの右腕として電子版の責任者を務めるのが、ニューヨーカー・ドットコム編集長のマイケル・ルオだ。「電子版自体が一つの編集部のようなもの」と言い、デジタルディレクターのモニカ・レイシックと2人3脚で、日々の編集とDXのような事業戦略の両面を取り仕切る。
電子版では毎週発行される紙の雑誌と同じ内容をいち早く読めるのに加えて、毎日10~15本の新着記事をアップする。そのラインアップを決める毎朝10時からの電子版編集会議はルオら電子版メンバーが仕切る。
デジタルシフトを象徴する例としてルオが挙げるのが、先述のハーヴェイ・ワインスタインの性暴力問題をめぐる報道だ。2017年10月10日に電子版に掲載された告発記事の第1弾は「紙の雑誌に載せる予定はなかった」とルオは言う。大反響を呼び、大半の読者が電子版で記事を読んでしまったからだ。
その後、年配の読者から「みんなが噂しているあの記事はどこで読めるんだ?」と問い合わせが相次いだため、急遽翌週発行の紙版にも載せた。ただファロー記者が執筆した3本の続報は、いずれも電子版のみに掲載された。ピューリッツァー賞を受けるほどの報道も、電子版中心に展開するのだ。