本作は一見すると、幾何学的に構成されたクールな印象の風景画。しかし、なんと神話画でもあるのです。一体、どのように神話を表しているのでしょうか。まずは造形的な特徴から見てみましょう。

 本作を描いたのはアクセリ・ガッレン=カッレラ(1865~1931)というフィンランドの画家。ケイテレ湖はフィンランドのほぼ中央にある大きな湖です。同じ構図の作品があと3枚あり、本作がもっとも自然主義的に描写されています。水平線を高い位置にとり、湖面を画面に大きく配置。その湖面を、帯状にジグザグと走る波模様が目をひきます。水平線と平行に、山々と木々が茂る小島が並び、それに対し、影が連続する垂直線で表されており、横線と縦線が基軸になっています。そのため、波の描き出す斜線が余計に際立つのでしょう。

岸からではなく、湖面に浮かべた船から見たような構図は、ガッレン=カッレラが自身をワイナミョイネンになぞらえたのかもしれない。
アクセリ・ガッレン=カッレラ「ケイテレ湖」 1906年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館蔵

 また、描き込みの度合いにも違いが見られます。まず、画面手前では、細かいタッチを繰り返し、水面が細かく震える様が出ています。影は短い線が縦に重ねられ、画面上部の青空の雲はうねるような有機的な動き。このような多様なテクスチャーの中だからこそ、帯状の波部分のフラットさが浮き上がる効果が出ます。

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 このような装飾的なパターンの使い方は、テキスタイルの模様のようだと感じるかも。実際、多才なガッレン=カッレラは絵画だけでなく、グラフィックアート・版画・テキスタイルなど多様な表現に携わっていたので、その経験も生かされている、と指摘されています。

 さて、神話が表されているのは、じつは波。湖面をジグザグに走る波は、フィンランドの湖でよく起こる気象現象で、特定の気温のときに吹く風によってできるもの。ガッレン=カッレラは「ケイテレ湖」で描いた波を、ワイナミョイネンが船を漕いで通った跡、つまり航跡だ、と述べています。

 ワイナミョイネンとは、フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」の主要人物であり英雄的な存在。母親のお腹に長くいたことから、生まれたときから老いていて、吟遊詩人、知恵者、魔術師でした。叙事詩の最後には、銅の船を作って旅立っていきます。

 ガッレン=カッレラの生きた時代は、ちょうどフィンランドで独立の気運が高まっていた頃。「カレワラ」は古くから歌い継がれてきた民族歌謡を、リョンロットが収集・編纂し出版したもので、民族意識を大いに刺激しました。

 ガッレン=カッレラは愛国心が強く、「カレワラ」を題材にした作品を多く制作し、民族叙事詩に具体的なイメージを与えました。彼の他のカレワラ作品には、人物が登場し、どの場面か具体的に分かりやすいのに対し、本作は最も抽象的で、仄めかすような表現をとっているのが特徴です。

 1917年、フィンランドはついに独立を遂げますが、本作はその過渡期に描かれ、作者の愛国的な願いが強く込められたものなのです。

INFORMATION

「自然と人のダイアローグ」
国立西洋美術館にて9月11日まで
https://nature2022.jp/

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。