東京・上野でビザンティン美術、正確にはポスト・ビザンティン美術の貴重な作品が拝観できます。それはイコン画というもので、「聖像画」と訳され、ギリシア正教会で礼拝に用いられるものです。形式としては、本作もそうですが、四角いお盆状に真ん中をくりぬいた板に、金地を施し、鮮やかな色彩と象徴的な表現で描かれることが多いでしょう。「美術」とは言うものの、本来は宗教画で、いわゆるアートとは異なる存在。どう見ていいのか悩んでしまうかもしれません。

 本作は、図で示したように複数の画面から成り立ちます。タイトルは右の図の太線の内側、彫り窪められた部分の2つの場面を指し、(2)の横長の部位に「空の御座」という最後の審判の際にキリストが座る玉座、(1)の一番大きな区画に「キリストの昇天」の場面が描かれています。区切り方が不規則に見えますが、光背に囲まれたキリストが画面全体の中央に来るように考えられたのでしょう。厳格な左右対称構図に見えて、キリストの背後の虹が斜めで、使徒と天使たちの中央に立つ聖母が向かって左を向くなど、非対称の要素もあります。

画面の右下には小さくサインが。署名の習慣はビザンティン美術のイコン画家にはなく、ヴェネツィア人画家から影響を受けたのではないかと考えられる。
アンドレアス・リッツォス「イコン:神の御座を伴うキリスト昇天」 15世紀 テンペラ・板 国立西洋美術館蔵

 これを描いたのは右下の目立たない署名から、クレタ島で活躍したアンドレアス・リッツォス(1422年頃~?)というイコン画家だと分かっています。クレタ島はエーゲ海に蓋をするような位置にあり、政治的に翻弄されたため東西文化の混じったところでした。イスラム領を経て961年にビザンツ領、1204年ヴェネツィア領に。1453年にビザンツの首都が陥落する少し前から、クレタに逃れてくる画家は多く、正教会からの発注もこの地で受けていました。しかもヴェネツィアから移住してくる画家も大勢いたのです。リッツォスが活動したのはそんな激動期。そのため、本作はビザンティン美術の最後期の様式を伝えつつ、イタリアの美術の影響も見せています。なお、100年ばかり遅れて同じくイコン画家だったエル・グレコが同地に誕生。そういえばグレコの細長く引き伸ばされた人体表現には、本作と通じるところがありますね。

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 本作のスタイルは細長い人体、線描、強いハイライトなど最後期のビザンティン美術の特徴を示しています。図像の表し方もそうで、例えば(3)の部分。3人の天使が食卓を囲む「アブラハムの饗宴」という旧約聖書の場面で「聖三位一体」を表すのはビザンティン的(東方的)です。一方、右下の(4)部分、半裸に数本の矢が刺さった姿の聖セバスティアヌスは西側の殉教聖人で、ビザンティンのイコンにはふつう描かれません。本作は西側の、ヴェネツィアのカソリック教徒の依頼で描かれた可能性も考えられます。

 ビザンティン美術史家・益田朋幸氏は、真ん中の(1)~(3)の場面の組み合わせは、クレタの聖堂建築内部の装飾プログラムから影響を受けたのではないかと指摘しています。この絵の中にクレタの聖堂の内部がぎゅっと詰まっているのかもしれません。

INFORMATION

「国立西洋美術館常設展」
https://www.nmwa.go.jp/jp/index.html

●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。