ギリシア第二の都市テサロニキにある聖ニコラオス・オルファノス聖堂。外観は素朴な建物ですが、内部は14世紀初頭・後期ビザンティン時代に描かれたフレスコ画で埋め尽くされた鮮やかなもの。世界遺産に登録されていて、その聖堂内の一部を空間ごと再現した原寸大レプリカが、徳島県鳴門市の大塚国際美術館にあると知り、さっそく行ってきました!
そのクオリティは、テサロニキで長く研究されたビザンティン美術史家の益田朋幸氏が『西洋美術の歴史2』(中央公論新社、2016)で「冗談ではなく、鳴門に行く方がこの聖堂のフレスコをよく観察することができる」と指摘するほどのもの。
内部に入ると意外と小さな空間で、4、5人も入れば窮屈に感じるかも。内壁上部にはキリストの生涯、下部には聖人達がずらりと描かれ、絵に取り囲まれて絵の中に潜り込んだような感覚があります。
一つ一つの場面・人物像は区画に区切って描かれていますが、ビザンティン聖堂ではそれぞれの位置や関係性にも象徴的な意味が込められています。実物だと暗く遮蔽物が多いため確認が難しいのですが、本展示のようなレプリカはそこを詳しく観察できるのが強み。
例えば、正面の東壁にコンクという丸い凹みがあり、そこには両手を挙げた祈りのポーズで聖母が立ち、その上には「キリストの降誕」という生を象徴する場面が。そこで振り返ると西壁には「聖母の死」や「磔刑」という死の場面、その上の「キリストの昇天」が目に入ります。原寸大レプリカだからこそ東と西とで生と死を対照的に表しているのが強く体感できます。
左右の壁にはキリストの生涯が、ほぼ時間軸に沿って並んでいますが、「最後の晩餐」はその順番から外れて、北壁の東壁寄りに配置されています。一体どうしてでしょう。
東壁手前の一段高いエリアは祭壇を置く聖所。そこで行われるミサ中に、祭壇上のパンがキリストの体、ワインがキリストの血へと変化し、信徒がそれを拝領するのが聖餐という儀式です。コンク上の左右の「使徒の聖体拝領」(左は剥落)は、それぞれキリストが司祭の姿で使徒にパンとワインを配っています。手前で司祭によって行われる儀式を、こうして絵の中のキリストが演じることで聖餐の意味が分かりやすく示されているのです。
また、コンクの聖母の下、「アムノス」という祭壇上に小さく描かれた幼児姿のキリストも、象徴的に聖餐を表したもの。この規模の小聖堂ではふつうアムノスだけが描かれますが、ここでは「聖体拝領」と両方を採用し、聖餐を強調しているようです。
「最後の晩餐」はキリストが使徒にパンとワインを与えた、つまり聖餐の起源となる場面。時系列から逸れて東壁寄りの祭壇の位置近くに配置されたのは、聖餐の意義を強めるためと考えられます。
ここでのレプリカ体験は本物での体験とは位相が違うもの。本物では難しい鑑賞方法が、上質なバーチャル環境で楽しめる、スゴイ展示なのです。レプリカと侮るなかれ。
INFORMATION
大塚国際美術館にて 環境展示(館内の展示はすべて常設)
https://o-museum.or.jp/
●展覧会の開催予定等は変更になる場合があります。お出掛け前にHPなどでご確認ください。